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今年最後の10日間

.24 2014 未分類 comment(0) trackback(-)
リンゴの輪


どうしたことか。この前に一つ、私が知らない記事があった。

私は「遠くに行く」という内容の日記が最後だと思っていたが、
なぜかその後、私が覚えのないものが載っていた。

あれはどうしてここの場にあったのだろう・・・・・ 一体何がどうなるとそうなってしまったのか。


私は特別インターネットが自由になる環境化にいないので、
この日記を載せた後は再び、ここから離れると思うが、
あの見知らぬ記事は自分のものではないことを書いておきたいと思う。





ともあれ、もう今年も12月の最後の10日間に入った。

メリークリスマスを皆さんへ。
どうぞ良いクリスマスをお過ごし下さい。


そして側まで来ている、新しい年を、
素晴らしい一年としてお迎え下さい。







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別のところへ

.02 2014 ご挨拶 comment(0) trackback(-)



引っ越すことになった。

自然の多い場所が好きで、機会があるたびに出かけていたが、
家に帰る時間が来ると、自分がなぜ帰るのか分からなくなった。
毎回、出かけては、帰り道に思うことだった。


しばらく繰り返して、ある日私は帰らないことにした。

そう決めてから少しして、引っ越すことになった。


高い山脈のもとへ。








0

.20 2014 革の部屋 Leather comment(0) trackback(-)
815510101 (1)



ずいぶん月日が流れた。 年月というには大げさだ。せいぜい月日で。

もう潮時なのだろうか、と思う。


終点を過ぎたら次の駅はないが、線路のない景色はどこか希望や不安に取り巻かれた魅力がある。
私はその景色の中を、しばらく歩いていた。



ここらが0地点だ。

それが良かろうが悪かろうが、別に大したことではない。
すぐに批評してあれこれ喋くる元気な力は、いまとなっては羨ましいくらいで私にはないだろう。


絵が終わり、革が終わったら、





brujura-3.jpg




私の人生に浸透してきた沢山の制作が、大きなリュックに詰め込まれて背中から地面に下ろされた。

さて。



この目の前に広がる風景にまだ歩いていくだけの気力があるかどうか。

でも風は前から吹いてるんだよなぁ。




mundo1.jpg












Ea机・終点

.07 2012 未分類 comment(3) trackback(-)

この前のお知らせの時から、随分時間が経った気がします。
PCの調子はひどいですが、今日は終点の日なので粘って長く書きます。 



妙なアクセスやスパムメールの対処をお店屋さんに相談して、
何度か足を運んでPCを見てもらうなどしながら、あれこれ話をした結果。

結局のところ、買い換えるのが一番良いという話しになってしまうのでした。

他のお店にも行って同じことを相談しても、やはりとどのつまりは一緒の回答。
型が古い上に、私が現在のPCを入手した時すでに中古だったのが理由のようです。


セキュリティのサポートなどはしていますし、更新もしているけれど、
それでも何かのきっかけで不意にウイルスが入り込んだりしやすい環境のよう。
どうにもならないのでしょうか?と尋ねたのですが、
『良い機種は沢山あるし、手の届きやすいものも結構あるから・・・』と
どう粘っても、その回答に行き着くばかりでした。

『現在は携帯電話でもネットが普通に使えるわけで、PCにこだわらなくても』と
そうした意見ももらいましたけれど、
私は携帯電話で通話とメール以外はしない性質。
根がアナログなので、何となく、そこまでしなくても・・と思ってしまうのです。

でもPCを使ってこうしてブログをつけると、やっぱり私のPCには重いのか、
このサイトを開くだけで一苦労だし、突如カーソルが変に動くのも事実です。
ましてメールボックスを開けてみれば、うんざりするような変なメールがあったり、
セキュリティなんてどこ行ってしまったんだか、といった日々になりました。


PCを立ち上げるたびにおかしなことになるので、
お店屋さんの言うように買い換える時期なのかもしれません。

だけど私は、安いものがあると言え、現在そこにお金を使うわけにもいかない生活ですし、
いろいろと考えて、買い換えるのは先の話にしようと思いました。


検索だけなら図書館でも使わせてもらえるし、
バックアップをお店屋さんでとってもらえたから、HPはいつか更新できるだろうし、
たまにだったら友達のネット環境を借りて、ちょっとの投稿だけなら出来るし・・・

と、こうしたことで、
ただでさえここ数年、非常に不定期なこのブログでしたから、
この際、ひとまず終了することにしました。



この日記を書き終えたら、いま使っているこのPCをしまいます。
長い間いろんなことに繋げてくれたので、きれいにして、しまうことにします。
とてもたくさんのことを教えてくれたPCなので、思い出にとっておくつもりです。


誰でも生活は変わっていきますけれど、
私の生活も今年に入ってからいろんなことがありました。

革ものを作る時間も減りましたが、運命が外の世界に向いたように進んでいます。
革細工もこれまで一人だったのが、突然、何人かの革細工師に出会いました。
これまでとは別の形で、革細工の世界が展開しているような感じです。


・・・私は革細工の端くれでここを開設しました。いろんな人に繋がりました。
インターネットの力って大きいな、と思うことが多かったです。
しばらくインターネットのお世話になった数年間でしたが、
今回、こんな変な理由によって、仕方なし離れる時が来ました。

でもそのうち、機会があれば新たにPCを手に入れる日が来るかもしれません。
そうしたらまた、インターネットを使って日記が普通に付けれるようになると思います。
その時を楽しみにしています。

きっといまは、その時期じゃないのでしょう・・・
そう思うことにして。


小さな小さなブログでしたけれど、来てくださった方々、ありがとうございました!
編み方やミニチュアモカシンの作り方を探して、何度もいらしてくれた方々、
お役に立てたなら、本当に良かったです。 どうもありがとうございました!

ブログをつけることからは離れますけれど、
多分、ここは感染とかしていないのではと思いますので(お店の人曰く)、
制作の説明などご覧になる分にはどうぞお使い下さい。


皆様、どうぞお元気で。どうぞ良い日々を。
この場を通して多くの方々に、心から、心から感謝をこめて。

いらして下さって、本当にありがとうございました。



Ea



*訪問者の方へお知らせ*

.19 2012 未分類 comment(0) trackback(-)
多分、ここは大丈夫なんじゃないか、と思うけれど、
私はPCやインターネットについては知らないことが多いので、
一応お知らせをしておきたいことがあります。



ここ数日間で、突然スパムメールや変わった(怪しい気が)アクセスが増えました。
削除しても削除しても、同じ発信先ではないからなのか、次々に来るのです。

インターネットで、とくにどこか変なところを開いたということもないですし、
どこかに登録したとか、そういったこともありませんでした。
私はネットサーフィンなどもないので、原因が思い当たりません。

今年に入ってからは生活の形に変化がありまして、
PCを立ち上げている時間もほぼなくなっています。
なので、うっかり変な場にアクセスをしてしまって・・ということも、
もしあったとしたら覚えていると思うのですが、そうしたことも記憶にないのです。


ですが、一昨年だったか、
私のPCが突然「トロイの木馬」に感染した時のことを思い出せば心配です。

あの時もどうしてそうなったのか、まったく分からずじまいでした。
私のPCは古いので、そうしたものに感染しやすい・・というのは、
その時にお店の人に聞きました。 

でも買い換えるのは難しいので(現在も)いろんな対処をして、
とりあえず大丈夫なんじゃないか?と思えてからは、
恐る恐る記事を載せてきましたが、
この度、こんな次第でして、再びウイルスに感染していないとも限りません。

この、いつまで続くか分からない、突然来るようになったスパムメールや
不安なアクセスがきれいになくなるまで、ここを訪問する方々にも
しばらくここへお出でになりませんようにお知らせしておこうと思いました。


スパムメールなどが来るようになったのは、2日前くらいからです。
変だ、と思ってどんどん削除してしまったので、日付をちゃんと見ていませんでした。
開いていないから感染していないのでは、とも思ったのですが、
「最近はそういうものでもない」と被害例を聞きまして、
もしブログにまで何かしら影響があったら大変・・と怖くなりました。

まずはPC専門のお店に相談して、対処を考えますので(経済的事情もあり)、
万が一、この場がウイルスなんか含んでいたらとんでもありませんから、
どうぞしばらく、ここへはお寄りになりませんように。



困ったお知らせですみません。
次は良い知らせが出来るように祈ります。

どうぞ宜しくお願いします。





いろいろと

.03 2012 一人芝居の部屋 comment(2) trackback(-)
s-bag1c.jpg





暑かった季節が過ぎて、ずいぶん涼しくなってきた。

熱が引いてようやく回るようになってきた頭で、落ち着いて思い出すと、
私は今年、たいして作っていないような気がした。


別のことに時間を使う、ということが、日常に大きく影響するものだと改めて思う。
生活の変化は、気にしてようと気にならなくなろうと、確実に何かを組み込んでいく。

積み重ねていく時間を振り向いてみると、結構そのことに目がいく。
変なものだな。 時間はいつでも均等に与えられているというのに。
徐々に何かが終わり、徐々に何かが進出し、それが定着し、
私たちの日常生活の刻印は、流れていた川縁を削りとり、岩盤を磨耗していくのだ。
そしてふと、ある時めっぽう高い空の上から自分の『時の河』を見下ろすと、
上流から河口まで、いつか見た時とかなり異なる姿に少々驚きを覚えるものなのだろう。



さて。 たいして作っていない革のものだが・・・
それでも写真に撮ったものが幾つかあるから、気持ちばかり記録に載せる。


黒いバッグはこの前作った。

堂々とした焼印があり、やっぱり焼印が目立ってほしくてこの形に。
マチは4cmくらいだろうか。
こぶりなバッグだけど、使う人を選ばないシンプルな形と
大人しい存在感がいいだろうと思う。


そのうち、展示の時にでもこれを出すつもり。
誰か気に入るかもしれない。




mamenote1d.jpg



これはもう人手に渡った豆ノート。

これまでにない手のかけ方をした。というか、気を遣った気がする。
というのも、これは記念になるものだったからだ。

画家に新しい友人が出来て、その友人のために印象的なものを渡したいという話で。
二人がこの先、どのくらい仲良くなるかは分からないが、
"印象に残る贈り物"という大役に選ばれた、この小さなノートが一役買うことを願った。


後日談を聞かせてもらったところ、
新しい友人はとても喜んで、仕事中だったというのに一度家に戻り、
豆ノートを安全な場所に保管してきたという。
これに何を描こう?と、家族に相談した・・と嬉しそうに話していたようだ。


「俺には絵しかない」と、人生のどんな場面も絵と生きる画家がいて、
「絵が描きたくて何度も習ったが、描けない」と、諦めた新しい友人がいて。
そんな二人が友達になり、白紙のノートに少しずつ、何かが描かれていく。


ほんの小さな豆ノートは、ただの豆ノートではなくなった。
友達に贈り物をしたいという思いが宿って、その友達の心に思い出となって留まった。

こうした話を聞ける時、私は心から、作れることに有難さを感じる。





fewhoge



作る何かで仲良くなれる場面もあれば、
食べることで仲良くなれる場面もある。 


ちょっと脱線するが、私にも新しい友達が出来た。
そして彼女は、とてもよい来客となっている。
よく食べるのだ。 机に置いた皿のほとんどが空になる。
私は、よく食べる人が好きだ。 
たくさん笑って会話をし、おおいに愉しむことができ、食事を共に出来ることが嬉しい。

彼女はよく話してくれ、よく聞いてくれ、よく食べる。
時間が矢の様に過ぎる。 楽しくて心地よい時間を紡いでくれる。
こういう人といる時間は、心の健康に良いなぁとしみじみ感じる人だ。

良い人物に巡り会えたことに心から感謝している・・・





key-holder.jpg




アンモナイトを沢山見た、夏の終わり。
地層にぎっしり、アンモナイトの化石が埋まっていた。

何度さわったか、何度顔を近づけたか。どれくらい側にいただろう。
感動が止まることなく溢れ続けていた。
爪の先くらいのものから、人の頭よりも大きなアンモナイトまで、たくさん。
きっと誰もが驚嘆の声を上げ、その太古の面影に胸打たれる。

遥か昔に透き通る海をうようよしていたアンモナイトを想像して、
美しい、ひなびた黄土色のレリーフになった姿を見つめて立ち尽くした。



家に戻って、二つのちいさなアンモナイトを革で巻いた。
ぶつけても壊れないように、落としても割れないように、
そうやって四六時中、ポケットに入れて持ち歩くことが出来るように。





いろいろあった夏。

夏は苦手、と毎年ぼやき続けているけれど、
涼しくなって夏を思い出すと、実にいろんなものをもらった季節になっていた。


そして秋に入って、そろそろ最初の楽しみがやってくる。
今月末はハロウィンだなぁ。

また予想もしないような何やら、いろいろと出会うのだろうか。





mask1.jpg









『昔々』のおとぎ話で

.27 2012 革の部屋 Leather comment(0) trackback(-)
backpack1.jpg




実はまだちょっと、写真のこれとは異なるのだけど。
私の頭の中では、『大きい袋』が『=バッグ』のイメージにある。



そうなった経緯は、きっとおとぎ話や昔話の影響だ。


子供の頃に読んでいたおとぎ話本には、あまり挿絵が多くなかった。
たまに挿絵があると、それは大体モノクロのペン画か版画で、
お話の雰囲気に合うような、美しく幻想的で、かつ独創的な絵であることがほとんどだった。

当然、一話に付き、一つあるかないかの少ない挿絵なので、
この一葉、それはそれは細やかに描きこまれ、たくさんの情報が詰まっている。
その絵一つで物語を、もしくはその本自体を紹介できるくらいの情緒豊かさ。

そして物語の大半において、主人公は旅をすることが必須項目のようなところがあり、
こうした場面での出来事が描かれているもので。


美しい挿画の主人公たちは、時代が時代だからか、旅の身支度は簡素。
大人になって冷静に読み進めていると、そのシンプルさに心配になるくらいだ。
『・・・ベーコンの塊とパンを2つ、革袋に詰め・・・』
なんて、身支度の内容の説明が出てくる。 これで出かける度胸が大切なんだろう。

まぁとにかく、挿絵には口を絞っただけの袋を担いで旅路行く主人公、
もしくは担ぐほども大きくない袋を馬やロバにぶら下げている絵をしょっちゅう見た。


前置きが長いのはいつものことだから、ここでやっと言いたいことに入る。



で、子供心に私は、これが旅をするためには一番良い『バッグ』だと信じ込んだ。
これさえあれば! これがないとな!と。

「口を絞っただけの革の袋=運命を変えるためにお供するバッグ」。


この時から、挿絵で主人公の傍らに描かれた、なんら特色のないただの袋に、
私の浪漫のイメージが、一つ定着したのだ。



そして今回。 

若き主人公たちに比べれば随分花もしおれた頃だろうが、
30後半の私が抱く浪漫、その「口を絞っただけの革袋」的バッグを
ようやく一つ形にすることが叶った。
 
それが写真のものだ。






0815d.jpg



この革は、前回の記事にも少し書いた、ガラス作家さん経由で受け取った革。
この中のある一枚に、それは見事な大きな傷があった。 それもほぼ真ん中辺り。


これはどうしても使いたい。 できるだけ目立つところに使ってあげたい。

と思い、大きく革を切ることにした。
半裁の真ん中を大きく切るわけだから、流れは無難にバッグへ。




backpack1a.jpg



裏に革を当てて補強をして、裂け目を縫い、
この傷に合うのはどんなバッグか・・・と、ふと思えば、
もう迷うことなく『あのバッグ』に決定だ。


おお、ぴったりじゃんか、と一人喜ぶ。

簡素中の簡素なので、ポケットなどもない。
痒いところに手が届く、そんなバッグではいけないのだ。

できれば更に紐で吊るしたいくらいだが、それはちょっと別の機会にまわして、
一応ショルダーベルトくらいは取り付けることにした。

で、あまりに何もしないのも(これは譲り受けた革というのもあるし)気になるので、
とりあえずちょっとくらいは、ちゃんとしといたほうがいいかと思うのもあり、
口を絞らなくても良い形になるようにもしておいた。

これのどこがちゃんとしてるの?って言われそうだけど・・・

本当はこれさえしたくなかったのだ。分かってくれ。





backpack1e.jpg



う~ん、大容量だ。 これまでの私の、愛らしくも小さな世界に比べれば。

手の平ミニチュアから背中を覆う実物になったのだから、当然といえば当然。
しかし、いつか作りたい、と思い続けて、ようやくだ。

感慨深いなぁ。 



そして思う。 

次は、もっと、おとぎ話的な革袋にしてみたい。

普通の使い勝手の良いバッグは、私以外のほとんどの人が作ってくれるのだから、
私一人くらいは、物語の世界の産物を作ってもいいだろう。


子供の時、「どうして『あのバッグ』みたいなのがどこにもないの?」と
親に尋ねた私のような、そんな子供のために。
そう思いながら大人になった、いまも『あのバッグ』を探し続けている誰かのために。






d0826a.jpg



昔々の、お話の時間へ、一緒に旅に出ませんか。





真夏にて

.11 2012 革の部屋 Leather comment(2) trackback(-)
pencase1.jpg




暑いから、暑いから、と何かにつけてこの言葉が出る。
そしてこの言葉を言う度に、様々な事が遠のいていく(手がつかないから)。

私は暑さに弱いから仕方ない。
とも思うけれど、それを言ったら一年の1/3くらいは生産的ではない日々を容認することになる。
そんなで良いのか?と自問自答してみれば、それもイヤ・・・となる。
困ったものだ。



でも人様絡みとなると、ちょっと事情が変わってくるもので。


こんな夏場に弱い私でも、誰かが待っていてくれると思えば、
これが意外なことにせっせと動けるのだ。

そして作れば作るで、制作自体は大好物なものだから、これまた自分にも栄養が行き渡る。
だったらいつでも作ってりゃいいのに・・・と、思ってもぼやいてくれるな。

一応自覚している。





最初の写真のペンケースは、ついこの前に作ったもの。
これはレース編みの作家さんが、カギばりを入れるために作った。

柔らかい牛革で、非常に味のある雰囲気を持つ革だった。


しかし、何となくパステルカラーのイメージが強い、春色の彼女に、
この革はいかがなものか~?と少し気になったのだが。
でも彼女は、「こういうものが良いです」と初めに言ってくれたので、
この雰囲気でペンケースを作ることに。


彼女のカギばりたちが、この野性味の強いペンケースに収まってくれるよう、願う。






bottle-case1.jpg



これは、ちょっとしたハプニングから生まれたボトル・ケース。


もう二週間ほど前の話なのだが、私がお世話になっている場所で、
さらにお世話になっている、あるおじさんが事故にあった。
元気でちゃきちゃきの初老のおじさんだっただけに、担架で運ばれる姿はとても痛々しかった。

そして二週間の日々が流れ、『もう会えないのでは・・・』と悲しくなり始めた頃、
彼は戻ってきたのだ。
まだ全快とまではいかないけれど、気合で。

と、こんなことがあり、私はこのおじさんの復活祝いにお酒を買ったのだ。

が。

ここで私はお酒を渡す寸前、瓶をうっかり落として割ってしまった。
おじさんは『いいよ、いいよ。気持ちで充分だよ』と笑ってくれたが、いや、申し訳ない。


ここでこのボトルケースに繋がる。

私はもう一度、お酒を持っていくことにして、そして次は絶対割らないように、
分厚い革で入れ物を作ってしまおう、と考えた。
最初のお酒は、美しい紙の筒に入っていたのだ。・・・紙の筒が悪いのではないが。


おかげで二度目は無事に(普通だろうけど)お祝いのお酒が届けられた。
という、小話付きのボトル・ケース。





pencase2b.jpg



このペンケースは友達の銅板作家さんが持ち主になる。
実は今日、作りたてだ。 まだ送っていないから、手元にある。

彼女のバッグでボールペンとシャーペンが迷子にならないようにしたい・・・と
こうした話が出て、これを作ることに。

いっぱい入らなくて良い、2本持ち歩ければ良い、ということで、
小さな端革たちにはうってつけのペンケースだった。
制作対象が小さければ小さいほど、端革は選びたい放題だ。


そしてとてもきれいな艶のあるチョコ色革が選ばれた。
ほどよく傷や穴があり、良い形に仕上がったと思う。
この革自体、ペンケース分くらいしか取れないサイズだったのだ。

丁度良い出会いだったと思う。






redbag1.jpg



さて、この・・・何と表現すべきか、つやっつやのビビットな革。と、



belt-skirt1b.jpg



こちらの焦げ茶色の革は、不思議なご縁で受け取った革だ。


私が去年一度お会いした、
ガラス作家さんのご主人から、この間連絡があったことから始まる。


しばらくぶりだったので、どんな御用だろう?と思ったら。

彼の広い人脈からなることで、ある靴作家さんの話がきっかけだった。
その靴作家さんは最近亡くなったという。
それで彼は、靴作家さんの遺品のうち、革を数枚引き取ってきたと。

しかし彼の引き取ってきた革は、ほぼ半裁。大きいのだ。

その革たちをどうしたものか・・・と考えた時、
有難くも(不思議なことに)、彼は一度会っただけの私を思い出してくれた。

そして私に革を委ねてくれた。 と、いう話。


大きいトートバッグに作った、赤い革。
これはさすがに悩んだ。 

というのも、有難く受け取ったわりには、私の家はこうした革のための道具がない。
コバを磨くにしろ、裏を貼るにしろ、何かにつけて専用のものがないのだ。
とりあえず試しに作ってみたのだけれど、如何せん、納得いかない。

この革用に、この先ちょっと必要なものを見繕ってあげよう・・と検討中。


もう一つの写真のものは、スカート。
焦げ茶色の革のほうは、何度か使ったことがあるタイプの革で、これは問題なかった。

でも半裁サイズで使うことに慣れていない私なので、
一先ず、端っこから使うことにした。 少し慎重なのだ。
端っこを切り、何が一番無駄なく使えそうかと見つめて、
ああ、そうだ。スカート出来るかも、と。

穏やかなシボのある柔らかな革だから、ワイルド過ぎないスカートに出来上がった。


靴作家さんが天国から見ていたら、どう思うだろう・・・と
多少気がかりでもある、私の制作だけれど。精一杯、大事に使います。 

・・・一つ一つに一生懸命、丁寧であろうと心から思う。






こんな具合で、いろいろな理由と人様が関わってくることにより、
この夏場の制作事情が随分、スムーズになっていると感じる。


誰かのために作る、と言うよりも、
もとはと言えば、私がただただ作りたい(でも暑くて作る気にならない)気持ちが、
他の人たちにも手伝ってもらえて制作に促されているような気がする。

いろんなきっかけで、
いろんな出会いで。



今年の夏はこうした巡りに導かれて、作れている。

有難いなぁ。


本当に、いつも救われているなぁとしみじみ感じる。







d0810.jpg









夏温度

.02 2012 一人芝居の部屋 comment(0) trackback(-)
d0802.jpg







雲は輝くように、真っ白よりもさらに神々しい光の色に縁取られて、
昼の空は、神様が刷毛で一塗りした、スカッと抜けるような明るい青。


何て空なんだ。


何て美しいんだろう、何てきれいさだろう。


と、思うんだけれど・・・
暑い。 この空の象徴するところは、まさしく夏空真っ盛り。




暑すぎる。 たまったもんじゃない。
こんなすごい暑さは久しく味わっていない。いや、毎年暑さには音を上げるんだけど。


よく分からないんだが、湿度があるというだけでここまでひどいのか。
海近い場所にある私の住まいは、信じられないくらい暑くなる。

海が近いことで、他の地域の人には爽やかそうなイメージもあるようなのだが、
いやいや、家の中なんて蒸し風呂に近いものだ。実際。
海からの風が気持ちよいのは、季節による。 確かに、潮風にうっとりする季節がある。

が、夏は違う。
私には、絶対違う。
 
夏の潮風がある日部屋に入ってくる時、それは宣戦布告をされたようなものなのだ。
・・・宣戦布告どころか、一方的に耐え忍ぶに徹するのが常だけど。


と、こんなことを毎年書いているような気がしないでもないが、
今年の暑さは容赦ない感じがする。
エアコンがない、ということがこれほど肉体を痛めつけるとは思わなかった、と
そんなぼやきがぼろぼろ出る日々だ。
夜寝れもしなけりゃ、日中に何か作業なんて出来やしない。
冷蔵庫の食料のいたみも足が早過ぎる。というか、それ以前に冷えやしない。

どうにかして何かしら改善しないと、危険だ。




こうなってくるとちっとも作る気が起きない。
頭に浮かべた側から意識が飛んでしまう。

この時期の乗り越え方をどうにか、どうにか考えないと。
秋が来てからでは、制作が追いつかなくなるだろう。
一年の後半は何かと作る用が増えるというのに。




だめだ。ご無沙汰の日記だというのに、弱音しか書けない・・・


ああ、どうぞ皆さん。
暑さに気をつけて、できるだけ涼しく時間をお過ごし下さい。

いっぱい食べて、どうぞ元気で。





たくさんの想いに

.11 2012 一人芝居の部屋 comment(3) trackback(-)
    



メモ帳に付け続けている日記の、ある日の一部を抜粋した。

何日か前のもので、たまに自分の生活の変化にうっかりネガティブになる時、
私は自分の家の中を見て、あることを想う・・・といった内容だ。

それは、沢山の人たちの作った作品にある。





・・・・・・私の部屋の本棚には、
銅板作家さんの作った、朗らかな豚の親子とクリスマスツリーが飾ってあります。
美しい色の銅の栞も本にあります。

お風呂場に行くとその存在を香りでまず知らせる、
西のお母さんが作った芳しい手作り石鹸もあります。

いまはもう連絡も絶った人のもので、
遠く地球の裏側から送ってくれた、かわいいフェルト作品も玄関にあります。

無名の外国人革職人のおおらかなラップトップ・バッグも額縁にかけてあります。

ほんの数日間、展示でご一緒したレース編みの人からの玉のようなシュシュは、
私の髪をよくまとめてくれます。

ガラス作家さんのマゼンタの色もアクセサリー箱の上にあります。

白木の棚には、先週末やってきた思い出を縫う人のお土産、
ウサコ人形もほのぼのした顔をして飾ってあります。

工具入れの缶に巻かれたレトロでデザインの良いラベルは、西のカフェの店長のもの。

私の携帯電話のケースには、職人さんが切り出した後のポケット用の革が使われ、
彼の作ったキーホルダーを毎日手に取って家の鍵を開け閉めします。

ローマの金細工職人の輝く小さなマリア様、
イスラエルのロザリオ職人の木彫りのロザリオは
私が毎日祈る相手です。

アメリカ人の詩人がくれたメモ一枚分の詩は、20年以上も私を励ましてくれています。



    
数えていけばまだまだ沢山ある『誰かの手作り』。

誰かが、自分の好きな何かを、
見たくて・作りたくて・一生懸命になったものが、私の家には溢れています。

    
そうした温もりのある重さに触れていると、私は実に恵まれていると思わざるを得ません。

    
なぜなら、この温もりある作品たちの側に生きていることによって、
私は自分の居場所を知らず知らずに確認していられるからです。
静かな力強さに満ちる、画家の描いた連山の絵が、
何枚にもわたって空間を取り囲みながら守ってくれる中・・・・・

    

・・・・・自分の作った作品群がひしめく部屋に生活し、
手作業を愛する人たちが制作した作品が、さらに色合いを強めて溶け込む場所があること。

私は自分が作り手であることの位置をちゃんと知ることが叶い、
信じていることも出来るのです。

これは実に素晴らしい足場であり、支柱であり、
安堵の椅子が置かれた場所ではありませんか・・・・・








革細工が以前ほど出来なくなったな、と時折悲しくなる夜もあるけれど、
そういう時、頭を上げて、立ち上がって部屋を見渡すと、
目に飛び込んでくる、たくさんの人たちの作る思いを見ることが出来る。

有名になった人もいれば、無名の人もいるし、
職業として成り立っている人のものもあれば、
自分の表現として制作を続けている人のものもある。

どんな人がどんな環境で作っていたにしても、全て、誰かの手の中から、
誰かの思いを受け入れながら出来上がった作品に違いはない。



それは私もまた、そうであるに違いないと思えば、
いま現在、若干革のもの作りが減った程度で悲しむなんておかしなことだ。

いつ作ったって良いだろう。

毎日じゃなくたって、ひと月以上隙間があったって、
出来上がるものの重みに差なんてないのだ。 仕上がりを気にするのは、その後の話だ。



時折。

疲労のせいか、何のせいか、不意に沈みかける心があっても、
たくさんの作家の、それぞれの思いを詰めた作品を手にとると、ふーっと消える。

みんな、いろんなことがある中で、この作品を作っているんだろう。
みんな、その人それぞれの荷がある中で、こうして素敵なものを作り出したんだろう。


そんなことを想いながら、一つ一つの物言わぬ力強い作品に引っ張りあげられている。


私も頑張らないと・・・と、思う頃には笑顔が出るんだ。




いつもありがとう。








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