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今年最後の10日間

.24 2014 未分類 comment(0) trackback(-)
リンゴの輪


どうしたことか。この前に一つ、私が知らない記事があった。

私は「遠くに行く」という内容の日記が最後だと思っていたが、
なぜかその後、私が覚えのないものが載っていた。

あれはどうしてここの場にあったのだろう・・・・・ 一体何がどうなるとそうなってしまったのか。


私は特別インターネットが自由になる環境化にいないので、
この日記を載せた後は再び、ここから離れると思うが、
あの見知らぬ記事は自分のものではないことを書いておきたいと思う。





ともあれ、もう今年も12月の最後の10日間に入った。

メリークリスマスを皆さんへ。
どうぞ良いクリスマスをお過ごし下さい。


そして側まで来ている、新しい年を、
素晴らしい一年としてお迎え下さい。







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Ea机・終点

.07 2012 未分類 comment(3) trackback(-)

この前のお知らせの時から、随分時間が経った気がします。
PCの調子はひどいですが、今日は終点の日なので粘って長く書きます。 



妙なアクセスやスパムメールの対処をお店屋さんに相談して、
何度か足を運んでPCを見てもらうなどしながら、あれこれ話をした結果。

結局のところ、買い換えるのが一番良いという話しになってしまうのでした。

他のお店にも行って同じことを相談しても、やはりとどのつまりは一緒の回答。
型が古い上に、私が現在のPCを入手した時すでに中古だったのが理由のようです。


セキュリティのサポートなどはしていますし、更新もしているけれど、
それでも何かのきっかけで不意にウイルスが入り込んだりしやすい環境のよう。
どうにもならないのでしょうか?と尋ねたのですが、
『良い機種は沢山あるし、手の届きやすいものも結構あるから・・・』と
どう粘っても、その回答に行き着くばかりでした。

『現在は携帯電話でもネットが普通に使えるわけで、PCにこだわらなくても』と
そうした意見ももらいましたけれど、
私は携帯電話で通話とメール以外はしない性質。
根がアナログなので、何となく、そこまでしなくても・・と思ってしまうのです。

でもPCを使ってこうしてブログをつけると、やっぱり私のPCには重いのか、
このサイトを開くだけで一苦労だし、突如カーソルが変に動くのも事実です。
ましてメールボックスを開けてみれば、うんざりするような変なメールがあったり、
セキュリティなんてどこ行ってしまったんだか、といった日々になりました。


PCを立ち上げるたびにおかしなことになるので、
お店屋さんの言うように買い換える時期なのかもしれません。

だけど私は、安いものがあると言え、現在そこにお金を使うわけにもいかない生活ですし、
いろいろと考えて、買い換えるのは先の話にしようと思いました。


検索だけなら図書館でも使わせてもらえるし、
バックアップをお店屋さんでとってもらえたから、HPはいつか更新できるだろうし、
たまにだったら友達のネット環境を借りて、ちょっとの投稿だけなら出来るし・・・

と、こうしたことで、
ただでさえここ数年、非常に不定期なこのブログでしたから、
この際、ひとまず終了することにしました。



この日記を書き終えたら、いま使っているこのPCをしまいます。
長い間いろんなことに繋げてくれたので、きれいにして、しまうことにします。
とてもたくさんのことを教えてくれたPCなので、思い出にとっておくつもりです。


誰でも生活は変わっていきますけれど、
私の生活も今年に入ってからいろんなことがありました。

革ものを作る時間も減りましたが、運命が外の世界に向いたように進んでいます。
革細工もこれまで一人だったのが、突然、何人かの革細工師に出会いました。
これまでとは別の形で、革細工の世界が展開しているような感じです。


・・・私は革細工の端くれでここを開設しました。いろんな人に繋がりました。
インターネットの力って大きいな、と思うことが多かったです。
しばらくインターネットのお世話になった数年間でしたが、
今回、こんな変な理由によって、仕方なし離れる時が来ました。

でもそのうち、機会があれば新たにPCを手に入れる日が来るかもしれません。
そうしたらまた、インターネットを使って日記が普通に付けれるようになると思います。
その時を楽しみにしています。

きっといまは、その時期じゃないのでしょう・・・
そう思うことにして。


小さな小さなブログでしたけれど、来てくださった方々、ありがとうございました!
編み方やミニチュアモカシンの作り方を探して、何度もいらしてくれた方々、
お役に立てたなら、本当に良かったです。 どうもありがとうございました!

ブログをつけることからは離れますけれど、
多分、ここは感染とかしていないのではと思いますので(お店の人曰く)、
制作の説明などご覧になる分にはどうぞお使い下さい。


皆様、どうぞお元気で。どうぞ良い日々を。
この場を通して多くの方々に、心から、心から感謝をこめて。

いらして下さって、本当にありがとうございました。



Ea



*訪問者の方へお知らせ*

.19 2012 未分類 comment(0) trackback(-)
多分、ここは大丈夫なんじゃないか、と思うけれど、
私はPCやインターネットについては知らないことが多いので、
一応お知らせをしておきたいことがあります。



ここ数日間で、突然スパムメールや変わった(怪しい気が)アクセスが増えました。
削除しても削除しても、同じ発信先ではないからなのか、次々に来るのです。

インターネットで、とくにどこか変なところを開いたということもないですし、
どこかに登録したとか、そういったこともありませんでした。
私はネットサーフィンなどもないので、原因が思い当たりません。

今年に入ってからは生活の形に変化がありまして、
PCを立ち上げている時間もほぼなくなっています。
なので、うっかり変な場にアクセスをしてしまって・・ということも、
もしあったとしたら覚えていると思うのですが、そうしたことも記憶にないのです。


ですが、一昨年だったか、
私のPCが突然「トロイの木馬」に感染した時のことを思い出せば心配です。

あの時もどうしてそうなったのか、まったく分からずじまいでした。
私のPCは古いので、そうしたものに感染しやすい・・というのは、
その時にお店の人に聞きました。 

でも買い換えるのは難しいので(現在も)いろんな対処をして、
とりあえず大丈夫なんじゃないか?と思えてからは、
恐る恐る記事を載せてきましたが、
この度、こんな次第でして、再びウイルスに感染していないとも限りません。

この、いつまで続くか分からない、突然来るようになったスパムメールや
不安なアクセスがきれいになくなるまで、ここを訪問する方々にも
しばらくここへお出でになりませんようにお知らせしておこうと思いました。


スパムメールなどが来るようになったのは、2日前くらいからです。
変だ、と思ってどんどん削除してしまったので、日付をちゃんと見ていませんでした。
開いていないから感染していないのでは、とも思ったのですが、
「最近はそういうものでもない」と被害例を聞きまして、
もしブログにまで何かしら影響があったら大変・・と怖くなりました。

まずはPC専門のお店に相談して、対処を考えますので(経済的事情もあり)、
万が一、この場がウイルスなんか含んでいたらとんでもありませんから、
どうぞしばらく、ここへはお寄りになりませんように。



困ったお知らせですみません。
次は良い知らせが出来るように祈ります。

どうぞ宜しくお願いします。





絵と一緒に

.08 2011 未分類 comment(0) trackback(-)
animal1_20111108172643.jpg




もう、展示は来週。
3日間の展示の準備に、私は随分時間がかかった気がする。

要領が良くないのは仕方ないけれど、
一つ一つを一生懸命考えて作ったのは良いことだと思う。
立ち止まる地点が何度もあったのは、
確認を繰り返して進めてきたからだ。

全部に、一生懸命でいられることが一番良い。



今回、6月の時と違うことが一つある。
絵を飾れることだ。

当初、絵が飾れるとは思いもしなかった。

主催の人からお誘いが来た後、しばらくして、
フライヤーと一緒に届いた手紙に『絵を飾れます。良かったら・・・』と。

これには嬉しかった。
詳しい話を聞いてみると、ピクチャーレールが空いているとのことで。
二箇所空いているうち、一箇所を使わせてもらえるのだ。


私が現在手元に残している原画は、皆小さいサイズばかり。
それで、同サイズの縦型の絵を選んで、3枚ほど掛けさせてもらうことに。

二枚はすぐ決まったが、もう一枚が決まらなかったため、
いろいろ考えて、ペンギンを描くことにした。
そのペンギンが、最初の写真のものだ。



お腹を掻いているのか、丸っこい体をぐっと曲げているユーモラスな姿。
描いている最中、ペンギンのいろんな仕草を想像しながら楽しく描いた。

このペンギンと、結構前に描いたゾウ、それとカエルの絵を飾る。


animal2_20111111104310.jpg animal3.jpg




絵が飾れるなんて、思いもしなかった。

革のものたちと一緒に、私にとって大事な存在の絵も並べられることに、
心から感謝を込めて。







kamikazari4b.jpg








追記* 西宮の『cafe OVCE』で、引き続き展示中。
     OVCEの店長さんがデザインしたかわいい羊を、
     革のブローチで作っておいてあります・・・


     cafesheep4.jpg








時々

.15 2011 未分類 comment(0) trackback(-)
sky2.jpg




私はしょっちゅう、何かを思いだしてはぼーっとしている。

あまりにそれが多いと、
うっかり「思い出している時間」が長過ぎてその日が終わることもある。
これはあまりにも勿体ないことである。
だって何かを思い出すということは、少なからず過ぎた時間を掘り起こしているわけで、
それ自体は現在自分が生きている時間ではないのだもの。


最近はその傾向が増えている気がして、慌てて「思い出し」を止める。
せっかくもらっている一日をちゃんと味わうことをしないなんて、勿体ないことだ。



でもそうはいっても、気をつけていないとぼーっとしてしまう。

今日もそうだった。




私が思い出す人間は、大抵の場合、面と向かって会った人たちなのだが、
時々そうではない人も思いだすことがある。



その人は猫と暮らしていて、生き物が好きで、心がしっかりした人だった。
ここの場でこの人のことを記す時に、
出だしによく『私が見送った夕日がその人の朝日に・・』と書いた。
とても遠くに住んでいて、いつか行ってみたいなと、私は度々かの地を想像していた。

随分前にお別れしている人だけど、何かの折に思い出す。

話したこともないし、見たこともない。 
声も知らなければ、影も知らない。
でも、短い期間にあった少しばかりのその人とのやり取りで、私は思い出すのだ。
ほんのちょっとの、日常の中で。
その人の言葉とか、思い遣りとか、そういうものを。


今年は生き物の姿を革であまり作らなかった。

その人は私が生き物を革で作るたびに褒めてくれた。
今年は、褒めてもらう相手がいないからというわけじゃないけど、
何となく、作ることがなかった。
何となくだ。


思い出すその人の存在は、ただぼんやりとした煙のような感じなのかもしれない。
でもその煙は、私のふとした時に立ち上り、香り、たゆたい、見える。

そして、心に残ったその人の言葉が時々、いや何日かに一度くらい、
私を止めたり、正したり、持ち上げてくれたりする。



その人にとって、良い日でありますように。

今日何となく、そう想った。






leatherflower.jpg






沢山の「大切」

.20 2010 未分類 comment(0) trackback(-)
Nature2-001.jpg




昨日、人と話していて一日が終わった。

その人と話すと話しが止め処なくなる。
一言でいえば良い時間を提供してくれる人だと思う。


最近は人と話す機会が増えた気がする。

度々そういうことはあったけど、
この生活に入ってから極限られた人々としか会わないようにしていた分、
ここのところは他の人たちとの時間も多くなっている。

こうした時間を大切にしたいな、と感じた。


別に励ましてもらおうと思って話しているわけではなくても、
「こういったものを使って、こうしたものを作っています」
と最初に説明するだけで、実に多くの励ましをもらう。

励ましているつもりでもないのだろうし、
そう言葉を選んでかけられているのでもないけど、
返ってくる反応に嬉しく有難く思うことが多い。

彼らに励ましているつもりがなくても、私は元気をもらっているなぁと思う。



作る生活を続けて、こうして出会えた人たち。

ジャンルは違うけれど、会うのが楽しみになる時間を過ごせる人たち。
もの作りの始まり方は本当に十人十色。 
当たり前なのだけど聞けば聞くほどそう思う。

物語はその人それぞれに綴られ、それぞれが選択した場所がある。
扱うものも作り上げるものも異なるのに、会話をすると似たような気流が見えてくる。

面白いなぁとつくづく思う。


一時的に表に出る時は、自分の制作した自分の鏡と一緒に出る。
その時間が終わると、また制作場所に戻って静かに作り始める。

求めるものや目標や関わっていく素材が異なっていても、
性格や行動の表し方が違っても、
何となく皆同じような感じで過ごしているのかも、と話をしていると思う。



よくよく話し込めば、その人を導いた物語が聞かせてもらえる。
それはとても素敵で、思いもよらないような物語。

過ごしてきた喜怒哀楽の時間がいろんな要素でその作品に注ぎ込まれている。

傍らには支えてくれる人がいて、支えてもらうことを大切に出来る人がいて。
もう嫌だな、と心底辛くなる時期があっても、
正直で誠実な声をかけて励ましてくれる人が側にいる。


話していると、皆それぞれに、彼らを支える土台になる人の存在があり、
支えられている彼らもまた、良き理解者の存在の大きさを特別に思っている。

私にもいる。 誠実な言葉をかけていつも守ってくれる人がいる。
本当に理解してくれて、愛情を持って接し続けてくれる人がいる。
その人たちのおかげで、度々あるテストのような痛みを越えられるようになった。
一時的に関わった人で今はもう関わらなくなった人でも、
ここまで来る道のりを助けてもらったことは何度もある。


こうして話を聞いていて、ふと今の自分を思い出す。
自分一人に焦点を当ててしまったら小さな世界になるけど、
立ち上がって見渡してみれば、小さな世界も大きな道の通り沿いにあることを知る。

見えて良かった、と本当に思う。

まだ始まりの道にいるんだと思う、自分の場所。
心に決めた大切を選びながら、余計なことに惑わないように進みたい。



昨日の話し相手は、
『本当に大切なことだけ見てれば良い。幾つかあるけど、それだけで充分』
と最後に言ってくれた。

小さな世界にしょっちゅういる自分だから、
これからは大きな道を見る時間を増やしていこう。
大切なことは立ち上がって見渡せば、すぐ見える。

側にいてくれる人をこれからも大事に、
大切なことを見失わないように。
作り続ける人との時間を保っていけるように。





初めて見えたもの

.05 2010 未分類 comment(0) trackback(-)



今日も写真を忘れた。

でも特に撮るものもないのだが。


始めて見えたもの、と書いたが、私の心の目に映ったものなので
写真に撮ることは出来ないのだ。

初めて見えたもの。

自信。


これまで見え隠れしたり消えたりしていた、
不安定で儚かった存在。




自信って、何かしらと比較した時に見えるのかと思っていた。
だけど実感したのはひょんなことだ。
それも取り立てて何、というのではなくて、ただ振り向いたらそこにあった感じだ。


以前、誠実な言葉をかけてくれる人が私に
「自信」について思うことを伝えてくれた。

何かを作ろうと思うことは既に自信があるからでは、と。
気がついていないだけ・・・

確かこういう内容だったと思う。

そうかもしれない、と思ったのを思い出した。


また別の人は、私の作ったものを参考にして自分でも作っている、と教えてくれ、
自信をもてない私に「自信を持ってください」と伝えてくれた。

このとき、言葉にならない心強さがじんわり沁みたのも思い出す。



こうした助言から随分経った今。

時が満ちたのか、何かようやく覆いが取れたのか。
今日、それを実感するとは思わなかった。


展示会からの帰り道。

思い出した助言を照らし合わせて、ゆっくり感覚から意識へ移った。
言葉をくれた人たちが伝えてくれたことは、こういうことだったのかな、と思う。


今も上手く表現できない。

言葉で表すのが上手い具合にいかないけど。
それでもこれが自信なのだろうと感じる。


自分がやってきたことがそこにある。

作ってきたものが自分の鏡になってそこにある。

信じて進んだ形が、他の人々の目に映り、手に乗り、一瞬通じている。

それを見て、経験や行動が足跡を残してくれていることを知った。




私は私のままで良い、と強く感じた。
作ろうと思いたったとき、作る、私で良い。
誰かの見つめる場所にいる自覚を大切にして良い。

やっと自分で自分の姿を見た気がした。



今日も新しい発見があった。

自信を見つけたこと。
大きなギフトのように感じる。
もしかしたらずっと側にあったのかもしれないのに。




展示会は明日で最後。

明日、知ることはなんだろう。
毎日を大事に過ごそうと心から思う。





感謝すること

.26 2010 未分類 comment(0) trackback(-)
材木座夕日



随分前の写真なんだけど、ファイルを見ていたらもう一度使いたくなった・・・

風が吹いて雨まで降ってきた浜辺で、雲がスーッと開いたところから光が差した空。
雨が風で顔に当たっていても、嬉しくて感動して砂浜に立ち尽くして見つめていた。

この写真をみると、今も心にふわっと光が差す。




昨日、画家と話していたのだけど、つくづく出会えたことを感謝した。
この人に会えて私は随分学んだ。
この人に助けられている、と心に響く時はとても多い。

昨日の話題はほんの少しの時間の中。

私はやることが詰まっていたので長話することが出来なかった。


展示会のことで話をしていた。

あれこれ思い巡らせている間は楽しいのに、
だんだん現実的な面も並べて出してくると不安になるんだ、と私は言った。

簡単にいうとこんな感じだが、もっといろいろ要素を詳しく話した。


一通り聞いた画家は、『あのさぁ』と切り出して、
『皆、勘違いするんだよ。現実って現実だけど、現実じゃないんだよ』と言った。

意味が分からない言い方をするのはこの人独特。
それを知っているから、彼はすぐに続ける。

『現実って、今でしょ? 明日も明後日もまだ現実じゃないんだよ。
 だって今分かってる全部は現実だけど、それは今のことじゃん。』
『明日は変わるかもしれないんだ。明後日も、その後も、何か動けば変わるんだよ。
 予想通り変わんなくたって、予想が現実なんじゃないって、皆分かってないから困る人多いんだ。』


ああ~・・・ と理解できた。

『何が変わるかなんて、その時の現実じゃないと分かるわけないんだよ。
 不安を抱えて動かないと、時間は不安どおり流れて後悔や未練があるだけだけど、
 不安よりも越える気持ちを持って動けば、結果、何かは必ず変化するんだよ。
 事態は変わらないかもしれないけど、勇気が生まれたり、やるだけやったって自覚が生まれるんだよ。』


『それってやらないと分からないじゃん。人間って今しか分からないじゃん。
 未来まで現実だと思うから悩むんだよ。』



この人の話を聞くと、いつでも思う。
本当に会えて良かった。

本当のことしか喋らない人だから、物事を想像で終わらせない人だから、
小さなことも大きなことも同じように受け入れて見つめる人だから、
この人と過ごせると安心する。

自分が小さく見える。 そして、小さくても大丈夫、と嬉しい実感もある。


会えて良かった、と感謝する人は勿論他にもいる。

生き物を作るたびに思い出す、自然に親しんだ人のこと。
柔軟で枠のない生き方で人生を語り続ける老人。
いつでも笑っていたいと笑顔を向けていた人。
遥かな昔の遠い大地を探して少年のように浪漫を掘る人のこと。
あるままの姿を個性、と呼んで守り続ける、道しるべの人。
どんなに会えなくなった時間が流れても毎日祈っていてくれる人。
私の決意の行動を許してくれた、今は遠い人達。



感謝すること。


会えて良かったと感じること。

学べる出会いが今も私の一歩一歩を支えてくれていること。



頑張ろう。




思い強くて

.31 2010 未分類 comment(0) trackback(-)



昨日の今日で、こういった話はどうかと思ったが・・・

先日はとてもためになる話に感動したのだが、今日はある意味ためになる話を聞いた。
ある相談者の様子がおかしいので、午前中に少し長めに話をする時間をとった。


相談したくてしているわけではない、この人。
でも態度が「何とかして下さい」と声なき声で訴える。
人の心の中まで何とも出来ないのが正直なところだが、誰かに話したいのだと思う。
うろうろしてみたり、何度も大きく溜息をついたり、時折乱暴に物を投げたり。
一度ドアを開けて出て行ったかと思うと、15分ぐらいして戻ってくる。
胸のうちを話し出すのを待って、他愛ない世間話を独り言のように私が喋っていると・・・


ポツリポツリと話し出して、
どうも誰かに裏切られたと感じているらしいことが分かった。

その人は繊細な人なので、一度取り乱すとしばらく情緒不安定な行動をとる。
傷ついたと思ったときから1週間くらいで、もう少し話を聞いていると、一人二人ではないと分かった。
そして自分がいないほうが世の中が上手く回るはずだ、と思いつめた気持ちを話した。

裏切られたと思った経緯は何だったのかを尋ねると、
『知らない』の一点張り。
どうして知らないのかを尋ねると、
『分からない』・・・

直に聞いて答えられるほどピンポイントではないのかもしれないと思って、
質問を分散してみたら、徐々に答えが見えてきた。

どうも、いつも同じ部分でこの人は敏感になるようで、
この人が話してくれた相手たちは、皆誰も同じような態度をとった時に裏切ったと思われている。


ふと思いついて、「私もその人たちと同じ態度をとったことがあるんじゃない?」と尋ねた。
するとチラッと目を見てからすぐ顔を背けて「エアの事を言ってるんじゃないです」と答えた。

どうやらあるようだ・・・



多分。 周りの人たちがとった行動は、自然なのではないか、と思った。
理由があって、この相談者の人の気持ちがそうさせているのかもと。

この人は大人しいし反抗的な人ではないので
いちいち他人に嫌われる要素はないように見えるのだ。

だけど深読みが多くて、心配が不安を呼んで、少しずつ態度に表れていくところがある。

結果としては確かに誰彼つけてそっぽを向かれるので裏切られたと感じる。
自分は気を遣って我慢もして、考え方も合わせながら頑張っているのに、
相手は何とも答えようとしないまま、ある日自分から離れていく、ということだ。


「私が彼らと同じような態度をとったことがあるのではないか?」と質問したのは、
この人が不安解消の際に投げかけた態度に反応しなかった時があったからだ。

この人は不安が募ってくると、テストをしてくることがある。

それがこの人流の『心配の告白』なのだ。
だからテストに答えてもらわないと、どんどん不安が大きくなっていってしまう。

私は何度かそれに応じないことがあった。
この人は挑発のような不可解な行動をある日突然とるのだが、それがテストで・・・
その行動に相手が親切に寛大に接したらOKという安心を期待している。

そのテストは良い方法ではないと思う、と伝えたことは何度もあるが、
この人は不安になると毎回それをするので、私はその挑発を重視しないことにした。
多分、赤の他人なら一度されれば二度目は嫌になるだろう。
この人は私相手にテストをするのは減ったのだが、まだ他の人にはしているのかもしれない。



他人をテストして受け取れる答えが期待通りなことは少ない。

それまで仲良くできていても、突然態度が変わったときに戸惑うのを誰が好意的に受け取るだろう。
通常は戸惑い、反省点を探し、思い当たることがなければ理由を訊くだろう。
理由を訊くかどうかも、その人による。
相手が冷たいとか付き合いが薄いとか、そういうことではなく、人それぞれだ。
思い当たる節もない関わりの途中で不快な態度をされることを、相手はどう思うだろうか。

自分の不安が落ち着きを欠くほど募ってしまう時、
他人をテストして自然な反応で望みどおりとは、・・・これはとても難しい気がする。



少々脱線するが『ぼくの大切なともだち』というフランス映画を観たことがある。

主人公は人の心が分からない男で、友達がいない。
金は持っているので金で何でも解決できると思っている。
ありがちな話だが、この男が意地になって友達作りに励むというのが内容。
理由が『お前の葬式は誰も来ない』と人に言われて、賭けをするからだ。

10日以内に友達を作ると宣言して、出来た友達はタクシードライバー。

このタクシードライバーは人が好くて博識で、親切な男。
賭けの材料にされているなんて思ってもいない。
でも奇妙なまでに友達になりたがる金持ちに同情して、少しずつ仲良くなっていく。

ところが10日目。
金持ちは自分のために盗みをしてくれ、とタクシードライバーに頼み込むのだ。
びっくりするものの、一肌脱ごうと決心して嫌々泥棒に入るタクシードライバー。
すると盗みに入った部屋の明かりが一斉につき、慌てて見渡すとなんと金持ち当人がいる。
金持ち男の他にも、賭け事をした金持ちの知り合いたちがずらっと勢揃い。

何のことだか分からないまま、呆然とするタクシードライバーに金持ち男は大笑い。
「ほら、コイツは僕のために泥棒になるくらい親友だ!賭けは僕の勝ちだ!」

金持ち男以外、誰も笑っていない場で、タクシードライバーは怒りを抑えきれずに出て行ってしまう。
何で怒ったのか分からない金持ちは後を追うのだが・・・


と、こういう映画なのだが。


これはあまりにも酷いが、映画なのでその辺はおいといて。


この話を収縮して見てみると、今回ちょっと近いものがあるかなぁと思ってしまう。

真剣さや不安を抱えて、という理由は全く異なるので、一緒にしてはいけない点だが、
だからといって他人の友情を量るような真似をして良いはずはない。

相手を試してみて、自分の理に適う反応なら安心だ、という方法。

それをされた相手のことは別に良いのだろうか?
相手もそうやって自分のことを試していいよ、と言うかも知れないけど、
誰がそんなことしたいだろう。
わざわざ不快な気持ちにさせてまで、自分の安心を得る他に何か方法をとるのではないだろうか。



私にもそういう嫌なところがあった。

馬鹿な私は、散々人様に迷惑をかけて生きているので、この相談者の心の動きも理解できる。
こっぴどくお仕置きを据えられてようやく愚かな自分を反省した私だが、
この相談者にどうすれば「裏切られたわけではないと思う」の言葉を伝えられるか・・・

私は相当愚か者だったので、本当にとんでもない目に遭ってようやく『ごめんなさい』が出来たが、
相談者は私とは違うのだ。

そらぁ嫌われるよ、とは口が裂けても言えない。(私は言われたことがある)


自分を裏切る人間の薄情さに悩み沈むこの人に、どう言えばいいのだろう。
別の方法で歩み寄れることを知るには・・・



根気よく、この人の憂い改善に付き合っていこうと思った日でした。





できること

.20 2010 未分類 comment(0) trackback(-)
seeds.jpg




最近は少し静か。

これはとても良い状態だ。と思う。
今夏は散々だった分、凪がきてからの日々も神経の奥では緊張が消えなかった。
少し前から、その緊張もちょっとずつ落ち着きを取り戻している。



私が相談を受けていた人たちも数人いたのだが、徐々に波が落ち着き始めている。

二人、その中で全然状況が回復していない人たちがいるのだが、
その人たちにあった時間が流れていくことで、必ず変化していくだろうと思う。

一人の人は悪化している、という。
一人の人は抜け出せない、という。

この人たちは当然全く繋がりもないし、年齢も環境も住んでいるところも違う。
勿論悩みも違うし、問題もそれぞれ大きい。

一人は自分の状況に悩み、もう一人は他人の状況に悩んでいる。

どちらの人も、誰に相談したところで解決の糸口がないことを知っている。
そういう種類の悩みだ。


私に出来ることはなんだろう、とこういうときいつも考える。
その人たちの話を聞くのだが、本当にただ聞くのみしかないのでは、と思う時は多い。

私に意見でも求めてくれば私も喋るが、
悩みを話してくれる人には2種類いて、意見を集める人と、何も言わないでほしい人に分かれる。
解決の糸口が他人にないと知っていて悩みを話す人は、大体が後者。

何も言わないでほしいけれど、心を言葉にしていたくて話をしに訪れる。



私に出来ること。

私は自分のこともちゃんと救えないくらい脆さのある人間だ。
それに碌に言葉も知らないから、一生懸命考えて励まそうとしても上手く出来ない。
肩を貸して荷を軽くすることも出来ないし、勇気の出る言葉も伝えられないのだ。

悩みや問題は個人個人の課題であって、理解を深めれば深めるほど、下手なことが言えなくなる。
相手にとって、「私ならこうする」とか「普通の場合なら」などはとっくに聞き飽きた返答なのだ。
それで片付くうちは悩みを引きずらない。
それで片付かないから、意識を変えてみたり視点を変えてみたり行動を変化させたり、
あの手この手で何とか問題を落ち着かせる努力をする。
そんなふうに問題を両手に抱えて生きている人たちに、ありきたりのことは出来ない。

人からの大きな悩みを聞くたびに、毎回このことを考えている。




最近になって、何となくどうするのが良いのか理解し始めた。

合っているかどうかは分からないが、これまでの経験を一面に並べてよく見つめた感じの感想。
私の出来ること・私のすること・・・


私はずっと、悩みを聞くという立場は答えも持っていなければいけないと思っていた。
もしくは答えを導く手伝いを出来なければ、と捉えていた。

でもそれはお医者さんの場合に求められることだと気がついた。
お医者さんは患者さんが回復するその日まで、きちんと動ける知識や行動が求められるからお医者さんなのだ。
知る人しか知らないボランティアの一環で相談役をしている場合は違う。


解決を求めないで訪れる人に、だけど何とか力になりたいと思う気持ちはあって良いと思う。

ただ、それが励ましや力添えの意味を伴っているかどうか、その認識はどこにあるのか。
これらは本来は別のことであって、会話をする人との間に常に発生していない。

寄り添う人の役目。 励ます人の役目。 解決に導く人の役目。

皆、別々の特性がある。
一人で三役可能な人もいるけれど、相談役にも個性があるのだ。
私自身は三つに分けた内のどこにいるかを考えたら、寄り添う人の役目だった。


こうして分かってくると、出来ることも見えてくる。


励ますことは上手じゃない。
問題を解決できる力もない。
でも、側に座って聞くことなら出来る。

何時間もの窒息しそうな沈黙も、音にならない痛みが分かるから共有できる。

同じことを愚痴っていたって、進めない足取りにうろたえる気持ちが分かるから聞ける。

心が疲れた時だけ訪れる、そういう扉を開けておくことは出来る。


寄り添うだけだけど。 一番地味なことだと思うけど。
きっと、寄り添うだけ寄り添われたら、そろそろ次に行かなきゃ、って思うんじゃないかな。
次の段階は、励まし上手な人に笑顔をもらいに行けるんじゃないかな。


もしもそうなら、寄り添うだけの時間も結構大事かもしれない。


できることを丁寧に。
厚かましくならないように、迷わせないように、期待はずれの言葉を言わないように。
一心に。 心を傾けて、相手の思いや本音を聴こう。

多分、これができることなんだ。





悩みが終わらないまま、私の元を訪れる相談者の二人の人。

『問題はきっと終わる時が来ます』と心の中で呟く自分がいる。
決して口には出さないけど、『苦しい時間を一緒に頑張ろうね』と心の中で言う。
助けたいけど助けられないから、せめていつでも倒れこめるように扉を開けておく。


これも直にはいえないけれど、
本当はいつも言いたいことがある。

『あなたはすごく頑張っています、ちょっとぐらい頑張らないでも良いと思うよ』
『痛みの元は異なるだろうけど、どれくらい痛いか理解できます』
『無理しないで下さい』


心の中で声をかけながら、悩みを聞き続けようと思う。








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