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.20 2014 革の部屋 Leather comment(0) trackback(-)
815510101 (1)



ずいぶん月日が流れた。 年月というには大げさだ。せいぜい月日で。

もう潮時なのだろうか、と思う。


終点を過ぎたら次の駅はないが、線路のない景色はどこか希望や不安に取り巻かれた魅力がある。
私はその景色の中を、しばらく歩いていた。



ここらが0地点だ。

それが良かろうが悪かろうが、別に大したことではない。
すぐに批評してあれこれ喋くる元気な力は、いまとなっては羨ましいくらいで私にはないだろう。


絵が終わり、革が終わったら、





brujura-3.jpg




私の人生に浸透してきた沢山の制作が、大きなリュックに詰め込まれて背中から地面に下ろされた。

さて。



この目の前に広がる風景にまだ歩いていくだけの気力があるかどうか。

でも風は前から吹いてるんだよなぁ。




mundo1.jpg












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『昔々』のおとぎ話で

.27 2012 革の部屋 Leather comment(0) trackback(-)
backpack1.jpg




実はまだちょっと、写真のこれとは異なるのだけど。
私の頭の中では、『大きい袋』が『=バッグ』のイメージにある。



そうなった経緯は、きっとおとぎ話や昔話の影響だ。


子供の頃に読んでいたおとぎ話本には、あまり挿絵が多くなかった。
たまに挿絵があると、それは大体モノクロのペン画か版画で、
お話の雰囲気に合うような、美しく幻想的で、かつ独創的な絵であることがほとんどだった。

当然、一話に付き、一つあるかないかの少ない挿絵なので、
この一葉、それはそれは細やかに描きこまれ、たくさんの情報が詰まっている。
その絵一つで物語を、もしくはその本自体を紹介できるくらいの情緒豊かさ。

そして物語の大半において、主人公は旅をすることが必須項目のようなところがあり、
こうした場面での出来事が描かれているもので。


美しい挿画の主人公たちは、時代が時代だからか、旅の身支度は簡素。
大人になって冷静に読み進めていると、そのシンプルさに心配になるくらいだ。
『・・・ベーコンの塊とパンを2つ、革袋に詰め・・・』
なんて、身支度の内容の説明が出てくる。 これで出かける度胸が大切なんだろう。

まぁとにかく、挿絵には口を絞っただけの袋を担いで旅路行く主人公、
もしくは担ぐほども大きくない袋を馬やロバにぶら下げている絵をしょっちゅう見た。


前置きが長いのはいつものことだから、ここでやっと言いたいことに入る。



で、子供心に私は、これが旅をするためには一番良い『バッグ』だと信じ込んだ。
これさえあれば! これがないとな!と。

「口を絞っただけの革の袋=運命を変えるためにお供するバッグ」。


この時から、挿絵で主人公の傍らに描かれた、なんら特色のないただの袋に、
私の浪漫のイメージが、一つ定着したのだ。



そして今回。 

若き主人公たちに比べれば随分花もしおれた頃だろうが、
30後半の私が抱く浪漫、その「口を絞っただけの革袋」的バッグを
ようやく一つ形にすることが叶った。
 
それが写真のものだ。






0815d.jpg



この革は、前回の記事にも少し書いた、ガラス作家さん経由で受け取った革。
この中のある一枚に、それは見事な大きな傷があった。 それもほぼ真ん中辺り。


これはどうしても使いたい。 できるだけ目立つところに使ってあげたい。

と思い、大きく革を切ることにした。
半裁の真ん中を大きく切るわけだから、流れは無難にバッグへ。




backpack1a.jpg



裏に革を当てて補強をして、裂け目を縫い、
この傷に合うのはどんなバッグか・・・と、ふと思えば、
もう迷うことなく『あのバッグ』に決定だ。


おお、ぴったりじゃんか、と一人喜ぶ。

簡素中の簡素なので、ポケットなどもない。
痒いところに手が届く、そんなバッグではいけないのだ。

できれば更に紐で吊るしたいくらいだが、それはちょっと別の機会にまわして、
一応ショルダーベルトくらいは取り付けることにした。

で、あまりに何もしないのも(これは譲り受けた革というのもあるし)気になるので、
とりあえずちょっとくらいは、ちゃんとしといたほうがいいかと思うのもあり、
口を絞らなくても良い形になるようにもしておいた。

これのどこがちゃんとしてるの?って言われそうだけど・・・

本当はこれさえしたくなかったのだ。分かってくれ。





backpack1e.jpg



う~ん、大容量だ。 これまでの私の、愛らしくも小さな世界に比べれば。

手の平ミニチュアから背中を覆う実物になったのだから、当然といえば当然。
しかし、いつか作りたい、と思い続けて、ようやくだ。

感慨深いなぁ。 



そして思う。 

次は、もっと、おとぎ話的な革袋にしてみたい。

普通の使い勝手の良いバッグは、私以外のほとんどの人が作ってくれるのだから、
私一人くらいは、物語の世界の産物を作ってもいいだろう。


子供の時、「どうして『あのバッグ』みたいなのがどこにもないの?」と
親に尋ねた私のような、そんな子供のために。
そう思いながら大人になった、いまも『あのバッグ』を探し続けている誰かのために。






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昔々の、お話の時間へ、一緒に旅に出ませんか。





真夏にて

.11 2012 革の部屋 Leather comment(2) trackback(-)
pencase1.jpg




暑いから、暑いから、と何かにつけてこの言葉が出る。
そしてこの言葉を言う度に、様々な事が遠のいていく(手がつかないから)。

私は暑さに弱いから仕方ない。
とも思うけれど、それを言ったら一年の1/3くらいは生産的ではない日々を容認することになる。
そんなで良いのか?と自問自答してみれば、それもイヤ・・・となる。
困ったものだ。



でも人様絡みとなると、ちょっと事情が変わってくるもので。


こんな夏場に弱い私でも、誰かが待っていてくれると思えば、
これが意外なことにせっせと動けるのだ。

そして作れば作るで、制作自体は大好物なものだから、これまた自分にも栄養が行き渡る。
だったらいつでも作ってりゃいいのに・・・と、思ってもぼやいてくれるな。

一応自覚している。





最初の写真のペンケースは、ついこの前に作ったもの。
これはレース編みの作家さんが、カギばりを入れるために作った。

柔らかい牛革で、非常に味のある雰囲気を持つ革だった。


しかし、何となくパステルカラーのイメージが強い、春色の彼女に、
この革はいかがなものか~?と少し気になったのだが。
でも彼女は、「こういうものが良いです」と初めに言ってくれたので、
この雰囲気でペンケースを作ることに。


彼女のカギばりたちが、この野性味の強いペンケースに収まってくれるよう、願う。






bottle-case1.jpg



これは、ちょっとしたハプニングから生まれたボトル・ケース。


もう二週間ほど前の話なのだが、私がお世話になっている場所で、
さらにお世話になっている、あるおじさんが事故にあった。
元気でちゃきちゃきの初老のおじさんだっただけに、担架で運ばれる姿はとても痛々しかった。

そして二週間の日々が流れ、『もう会えないのでは・・・』と悲しくなり始めた頃、
彼は戻ってきたのだ。
まだ全快とまではいかないけれど、気合で。

と、こんなことがあり、私はこのおじさんの復活祝いにお酒を買ったのだ。

が。

ここで私はお酒を渡す寸前、瓶をうっかり落として割ってしまった。
おじさんは『いいよ、いいよ。気持ちで充分だよ』と笑ってくれたが、いや、申し訳ない。


ここでこのボトルケースに繋がる。

私はもう一度、お酒を持っていくことにして、そして次は絶対割らないように、
分厚い革で入れ物を作ってしまおう、と考えた。
最初のお酒は、美しい紙の筒に入っていたのだ。・・・紙の筒が悪いのではないが。


おかげで二度目は無事に(普通だろうけど)お祝いのお酒が届けられた。
という、小話付きのボトル・ケース。





pencase2b.jpg



このペンケースは友達の銅板作家さんが持ち主になる。
実は今日、作りたてだ。 まだ送っていないから、手元にある。

彼女のバッグでボールペンとシャーペンが迷子にならないようにしたい・・・と
こうした話が出て、これを作ることに。

いっぱい入らなくて良い、2本持ち歩ければ良い、ということで、
小さな端革たちにはうってつけのペンケースだった。
制作対象が小さければ小さいほど、端革は選びたい放題だ。


そしてとてもきれいな艶のあるチョコ色革が選ばれた。
ほどよく傷や穴があり、良い形に仕上がったと思う。
この革自体、ペンケース分くらいしか取れないサイズだったのだ。

丁度良い出会いだったと思う。






redbag1.jpg



さて、この・・・何と表現すべきか、つやっつやのビビットな革。と、



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こちらの焦げ茶色の革は、不思議なご縁で受け取った革だ。


私が去年一度お会いした、
ガラス作家さんのご主人から、この間連絡があったことから始まる。


しばらくぶりだったので、どんな御用だろう?と思ったら。

彼の広い人脈からなることで、ある靴作家さんの話がきっかけだった。
その靴作家さんは最近亡くなったという。
それで彼は、靴作家さんの遺品のうち、革を数枚引き取ってきたと。

しかし彼の引き取ってきた革は、ほぼ半裁。大きいのだ。

その革たちをどうしたものか・・・と考えた時、
有難くも(不思議なことに)、彼は一度会っただけの私を思い出してくれた。

そして私に革を委ねてくれた。 と、いう話。


大きいトートバッグに作った、赤い革。
これはさすがに悩んだ。 

というのも、有難く受け取ったわりには、私の家はこうした革のための道具がない。
コバを磨くにしろ、裏を貼るにしろ、何かにつけて専用のものがないのだ。
とりあえず試しに作ってみたのだけれど、如何せん、納得いかない。

この革用に、この先ちょっと必要なものを見繕ってあげよう・・と検討中。


もう一つの写真のものは、スカート。
焦げ茶色の革のほうは、何度か使ったことがあるタイプの革で、これは問題なかった。

でも半裁サイズで使うことに慣れていない私なので、
一先ず、端っこから使うことにした。 少し慎重なのだ。
端っこを切り、何が一番無駄なく使えそうかと見つめて、
ああ、そうだ。スカート出来るかも、と。

穏やかなシボのある柔らかな革だから、ワイルド過ぎないスカートに出来上がった。


靴作家さんが天国から見ていたら、どう思うだろう・・・と
多少気がかりでもある、私の制作だけれど。精一杯、大事に使います。 

・・・一つ一つに一生懸命、丁寧であろうと心から思う。






こんな具合で、いろいろな理由と人様が関わってくることにより、
この夏場の制作事情が随分、スムーズになっていると感じる。


誰かのために作る、と言うよりも、
もとはと言えば、私がただただ作りたい(でも暑くて作る気にならない)気持ちが、
他の人たちにも手伝ってもらえて制作に促されているような気がする。

いろんなきっかけで、
いろんな出会いで。



今年の夏はこうした巡りに導かれて、作れている。

有難いなぁ。


本当に、いつも救われているなぁとしみじみ感じる。







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嵐の晩

.19 2012 革の部屋 Leather comment(0) trackback(-)
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6月も後半になり、どんどん夏に近づいていくのが肌で分かる気温になってきた。


今夜は窓の外は暴風雨。
夕方から並足で降り始めた雨は、午後9時現在、とんでもなく力強い。
早足どころか、全速力でムーアを駆ける野生馬のように。



今日のような嵐の晩は、私は何となく気紛れになる。

普段は思わないことを試したくなったり、
特に気にしていなかったことを妙に考えてみたくなったり、
どうでも良いから、と、うっちゃっておいたものに時間を割いたり。

暴風や雷の激しく鳴り響く空は、私にとっては胸が高まるものなのだ。
何だか、自分が見たことも聞いたこともない、
そんなすごい時間に放り込まれるような気がしてしまう。

だからなのか、気持ちにも一かき混ぜ、普段とは別の顔がのぞくのか。




最初の写真は、耳当ての写真。

毛皮は「Castor」と黄ばんだシールが貼ってあった。
外側は牛革。 中には芯を入れておらず、額から回して後頭部で合わせるもの。

こんな季節に耳当て?と思われそうだが、
そうなのだ。 こんな季節なのだが、必要に迫られて。




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これも耳当て。 
こちらは芯があり、さらに芯を取り巻くように分厚く柔らかい牛革を中に挟んである。
表面・内側の革は、最初の耳当てと同じ。

どちらも市販で売られている耳当てを参考に作ったものだ。

私に市販品を買うだけの余裕はない。 必要というだけで何でも買ってはいけない。
自分で使うものなら、極力自作する。・・・これも生活のうちである。


この前の日記で、少々生活が変化したことを書いたのだが、
それに伴って、この耳当ても登場した。 寒さ対策として。
吐く息さえ凍りつく場所に、日々お世話になっているもので・・・ 

耳当ては重宝するのだ。






・・・・・でもここで、この話しを引き続きしようとは思わない。

私がどこでどんな生活になったかなんて、それはどうでもいいこと。
革のものから少し遠ざかった日々を過ごしているものの、
やはりどうしても、何か革で作れそうだと分かると、そそくさ作ってしまうのだ。


出来上がるまでの経緯はさておき、
こんな気紛れな気持ちの嵐の晩だから、
つい、久しぶりに登場した革のものの記録を残しておきたくなってしまった。





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半年

.05 2012 革の部屋 Leather comment(0) trackback(-)
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今年も半分来た。

5月から、生活の形が少し変化したのもあり、
私は革のものからやや距離を置いた日々を過ごしている。


これもまた、ある意味、貯蓄の時期だと思って、
目に映るもの感じるもの、新たに得るもの、自分の中にある"本当"を、
毎日静かに記録しながら、再び革細工だけの生活に戻る日まで勉強中だ。





いろいろあるものだな、とつい笑ってしまう。


数年がかりでようやく落ち着いたかと思うと、もう立つ時だとばかり立ち上がるし、
立ったと思えば次に腰を下ろす地点まで、ほら歩け、と歩き続けることになる。

渦中に立つ時間は、早瀬のど真ん中のように感じて身動きを恐れても、
ひと度対岸に渡ろうと決めて足を進めれば、押し流されないように結構頑張れるもんだ。

こうした流れを、転換の風だと感じるからか。








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時々、無性に革に触れたくなる時がある。

別に取り上げられているわけではないから、それは自由なんだけど、
何となく、中途半端に関わるのが難しく感じて、距離を保っている分、
革に触れるまで少し躊躇があったりもする。

事情付きで離れている大切な相手にたまに会うとき、
短い時間の中でまず何の話をしようかと悩むのと似ている。



これまでに作った革のものに触ると、心にすぐ凪が来る。
日頃荒れているのではないが、漣も静まるほど、という意味だ。

ちょっと作ろうと決めて、新しく何かを作ると
どれほど簡素なものでも、心も精神も体もそれを本当に喜んで迎える。
目は一心に見つめ、手指は動きたがり、頭は制作過程を幾つも用意する。
感情が高まって、私の中の世界がなめらかに動き出して広がり始める。


大した効果だ。 

世の中の誰も求めていないかもしれなくても、
私の人生が丸ごと求め続けている。私が創る者だからだ。



そしてその、少し何かを作った「ある日」を心の休息のように過ごして、
翌日からまた革に距離を置いた、別の形の生活が始まる。








0sandal1.jpg




こうして次の休息の時を心待ちにしながら、
新しくやって来た生活を大切に回していこう、と思う。


いまは学ぶ時期。





偶然

.22 2012 革の部屋 Leather comment(6) trackback(-)
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すっかり忘れていたことに突然はち会わせると、妙な感じがする。


何年も前に買った本の表紙の話しだが、気になるイラストが描かれてあった。
じーっと見ても、そのイラストに描かれている絵の『状態』がつかめなかった。
それは編んだ革のイラストだった。


その本自体はとても有名な本で、どれくらいお世話になったか分からない。
本の内容は、編み方が沢山。
私は最初の頃、その本を見ながらせっせと何度も繰り返し編んでいた。
間違えたらほどいてやり直して、何個となく編んだものを作った。

おかげで、編み方の名前を忘れても、手が覚えてくれた。
ちょっと忘れたりしていても、紐を手にしてじっとしていると思い出す。
この本は、とても素晴らしい先生だった。



でも、一つだけ分からないことがあった。
どうして本の中に載っていない編み方が描かれているのか。
それが表紙のイラストにあった編み目だった。

あれ?と気がついて、何度も往復しながらページをめくったけれど、
どうしても表紙のイラストにある編み目はない。

未だに見落としているのか、それとも載っていないのか。

「う~ん」と考えて、やってみることにした。
それが随分前のことで、もうあれから5年も経つ。
で、5年前の挑戦は、結果から言うと出来ずじまいになった。
実際に編んでみても、ノートに描いてみても、何をしてもできなかったのだ。





度々その本を見ることはあった、その後。

表紙のイラストに目が留まるたびに、少々情けない気持ちが浮かんでいた。
スープの取り残しのアクのように、取りたいのに除けない。
仕方ないな、と思いつつも、目に映ると諦め悪く見つめてしまう。



それが今日、特に関係ないことによって、再び挑戦となった。

偶然、作ってみたかった腕飾りを写真で見かけた。
それはとても美しい腕飾り(私の評価)で、
編み目は平編みのようなのに、編みあがった姿は丸みがあるものだった。



立体感のある魅力的な腕飾りの写真をじーっと見ていて、
作れるかなぁ?とふと思い、2mmの厚みの革を切って作り始めた。

買えるものなら買うのだろうが、そこは無駄遣いできない生活なので自作。

5分くらいあれこれ紐を動かしながら、やっと合点がいく。
それで編み進められると分かり、そのまま編み続けたら・・・



出来たのは、あの苦い思い出の表紙イラストの編み目だった。


編んでいる最中に、なんかどこかで見たような気がする、と思っていた。
どこだったっけ、いつだったか。
もしかして以前に編んだことがあったのかな、とぼんやり考えていたのだけど、
どうにも思い出せなかった。 怖ろしく鈍い記憶力だ。あんなに梃子摺ったのに。


そして直に手の平に乗った、あの編み目の腕飾りを見て「ああ~・・・」と驚く。

実際には、イラストのものとも、写真のものともちょっと違うところがある。
写真は8本で編んでいて、イラストはそれ以上の本数で編んでいる感じ。
私が作ったのは、私の都合で7本の紐である。

ただ、7本の紐からでもどうやら同じような形にはなるようだ。
横に倒した時、少し上下の別は見えるが大して気にならない。



偶然。 

何年もして、忘れた頃にやってくるとは言うけれど。
本当に忘れた頃に、うっかり道端で出会ったような、そんな感覚。




会えて良かった。 出来るようになったんだ、と思うと、またそれも嬉しい。





継ぎ接ぎ

.30 2012 革の部屋 Leather comment(0) trackback(-)
s-h-bag1e1.jpg





今年は大き目の革もかなり端革箱に入っていた。

なんとか、その大きさを切らずに使いたいと思っていた。
それでその大き目の革を、さらに繋いでバッグを作ることにした。


この形は他人様のアイデアで、ファスナーを多用するバッグ。
作ってみるとポケットが多くて、こんなにポケット必要だろうかなどと思ってしまう。
でもきっと世間ではポケットは多いほうが良いのだ。
だからアイデアでも「ポケットたくさん」になるのだ。


とにかく文句を言わずに作ってみたら、これはこれでとても好きな雰囲気になった。

いろんな色がある。いろんな革がある。
どれも大きめで、全部一緒に合わせたら、こんなに素敵なバッグになった。
大きさは一人前だ。 あとは一人前の働きを期待する。




このバッグでどこに行こうか。

春ももう始まったし、桜が満開になる頃を見計らって、どこか深山へ行きたいなぁ。







s-h-bag1c.jpg



遠くを思う

.06 2012 革の部屋 Leather comment(0) trackback(-)
rokh2e.jpg





私はあまり光のあるものを使わなかったのだけど。

今年は少し、こういったものを触っていこうと思っている。
しかしあまりにきらきらとしていて、作り終わった後、まじまじと見てしまった。
見慣れない、とはこんな感覚なのか。



下のほうにぶら下がったプラスチックのおもちゃの宝石。
プラスチックというのも、私がほとんど使わなかったものの一つ。

でも使った。

昨年、いろんなことがあって、これまで自分が枠にしていたものを開けてみようと思った。
何でもあり、というわけじゃない。抵抗があることまでやろうとは思わない。
少し、ここから幅を広げたらどうなるのかと。

昨年のある日、自分で制限を決めている枠がとても窮屈に感じたのだ。




上手く言えない。

その気持ちがどういうものか、
言葉にしようとすると、なかなかたどり着かない気がする。

でもおもちゃ屋さんの壁に、これがぶら下がっていたら、
それもいいんじゃないかなぁ・・と思って、眺めている。







シンドバッドが出会ったルフ鳥は、宝石の谷に彼を連れて来た。

宝石の谷はヘビがうようよしていて、彼はそこから逃げ出すために必死に考える。
そこで、崖上から谷に投げ込まれた動物の死骸が、ワシに掴まれて上がっていくのを見て、
シンドバッドは自分の体を死骸にくくり付けて脱出を試みるのだ。



私は、人間は作らないから、このお話の巨鳥とヘビと宝ものを中心にした。
死骸はやめておいた。

クジラは、シンドバッドたちが島と間違って上陸したお化けクジラ。
ゾウは、ルフ鳥が大蛇と同様食事にしている動物。



月が出て星が輝く夜空を、大きな翼で羽ばたき飛び去る巨鳥に、
シンドバッドは何を思ったんだろう。













二月の空に

.24 2012 革の部屋 Leather comment(6) trackback(-)
sora2.jpg




時折雨や雪は降るものの、
光の暖かい晴れた日とか、風が吹かなきゃ寒くない日とか、
そうした日が増えているこの頃。

今日は気がついたら日中はずっと半袖でいられた。
屋内だからというのもあるだろうけれど、
それにしても普段は半袖ではないのだから、やはり今日は暖かかったのだ。
朝一番で知人にもらったメールでも、『春が近づいている』とあった。

2月以降、寒さが戻るようなことはよくあるにせよ、
少しずつ春と距離が縮まってきている気がする。


空は相変わらず高く澄んで、
絵の具を一かき、するりと混ぜたような雲を流して、薄く青く佇む。




私は空を眺めているのが好きで、暇があるとよく空を見て過ごしている。

空を見ていると、トビの声が響くのが普通だと思ってしまう。
ぼんやり見ている時間、大体何かが聞こえるといえば、トビの声だから。
ヒヨドリやスズメやカラスの声もしないこともないけど、
彼らは姿を見せることなく木陰で群れ、耳に入る声もおしゃべりに近い。
空とセットで姿も見えるのは、いつでもトビだ。
そして、トビの声は歌に聞こえる。


もし、海外のどこかにすむような日が来た時、
私はそこでトビの声を聞けなかったら、ちょっと日本を懐かしむかもしれない。



そんなことを青空を見上げながら思っていると、
異国の地では一体どんな鳥の声がその地に響き渡っているのだろう?と気になった。

気になっても知らないことだから、そこから先の続きはない。

う~ん、としばらく考えてみたけれど、
どこでも猛禽類の声が多いのかなぁ。
鳥が高い空から見渡しているのは猛禽類のイメージだ。
でももしかしたら、生い茂る森の近くや、
畑の続くような場所だと小鳥の声のほうが頻繁だろうか。



そんなことを考えている間に、太陽はゆっくり午後に向かって傾いていく。





・・・昨日一昨日と作っていたものがある。
大空繋がりで、天蓋を覆うほどに大きな鳥の話に魅せられて作っていた。

はるか昔の異国の話。
賢い娘が、千の夜をかけて王に聞かせた物語。
『幸多くいらせられます国王様、このように聞き及びましてございます』

そして登場人物自身が語り始める、入れ子式のアラビアンナイトは語られた。


とても有名なシンドバッドの冒険は、
私は絵本ではじめて知ってからずーっと好きだった。
そこに出てくる宝の山や、不思議な島や、怖ろしい怪物や荒れる海は
いつ読んでも胸が躍るくらい楽しい。

私が作った鳥は、天蓋を覆う・・・とまではいかない。
どちらかというとサイズは手乗り文鳥だろうが、
でもこの目に映っているその姿は、シンドバッドが必死にしがみついた巨鳥なのだ。



雲を蹴散らし、大空を巨大な翼を広げて飛び続けるルフ鳥。
トビの声とは似ても似つかないだろう。

鹿革で出来た羽を広げたこの姿をじっと見ていると、
ルフ鳥の一声は、異国の晴天に突き抜ける雷のようなのだろうと想像して、
この小さな革の鳥が叫ぶのを期待してしまう。







rokh.jpg










胃袋型

.16 2012 革の部屋 Leather comment(0) trackback(-)
bota-de-vino-bag1.jpg




年末の話なのだが、ある作家さんがうちに来てくれた時のことだ。
私の作ったバッグ群を見て、彼女はそのうちから一つを取り上げ、
『胃袋みたい!』と言ったのだ。

実はその『胃袋みたい』なものは、私が『心臓型巾着』と名付けていたもので
シュリンクの牛革で作った、まるでちょっと脈打つような姿だった。
どっちにしろ内蔵だ。 
それはいいのだが、その時から『胃袋』という言葉が私の脳に刻まれた。



彼女が帰ってから、私は何日もその『胃袋』的な形をなぜか意識していた。

心臓型巾着はそっとしておくことにして、
胃袋型の何か・・作れるかなぁ?と思い続けた。



あれこれ回り道して調べ続けて、ようやく「こうしよう」と決定。
それが上の写真のものになった。
2ヶ月も思い続けたわりには、呆気ない出来ではあるが。

にしても、使い勝手はわからないが、中々魅力的な姿。
好みの問題だ。



胃袋がモデルなだけに、サイズはそんなに大きくはない。幅20cmくらい。

思えばこれも有難いことで。
使える革の大きさは限られている。胃袋なら実寸でも何とか端革で可能だった。

私が作ったのは胃袋の形のバッグ、というべきか、ポシェットというか・・だ。
コルク栓はオマケのようなもので機能はない。 ただ、栓があると雰囲気が違うのだ。
趣はさておき、これはファスナーで開閉し、小さいながらも一応中に物が入る。

・・・水分は勿論ダメだけど。 
大体の人が思い描く有名どころの水筒は、そのうち作ってみたい。



水筒であれ、ワイン入れであれ、そうした使い道になるのが一般的だった胃袋。

ミルクを入れて運んでいたら、しばらくしてチーズになっていたという話は有名。
牛や羊の胃袋を用いた袋に、生乳を入れて揺すれば分離する。

お酒を入れるのも随分昔からあったよう。
袋状の内臓は、陶器や木製のものに比べてずっと軽いし持ち運びやすく、
落としても壊れないから使い勝手が丁度良かったのだろう。


出来ることなら私も水筒を作りたいところだが。
しかし私が羊の胃袋を手に入れていた時期は、そんなことを思うことなく食用にしていた。

現在は胃袋をしょっちゅう買うようなことは減ったので、
こうして革で本体を真似て作るのみ。それもバッグのようにして。




楽しいものが出来て良かった。
「胃袋」の一言を出してくれた彼女に感謝。


いずれ機会があったら、是非胃袋製品を作ってみたいと思う。

しかし胃袋を洗って食べていたその頃、なぜこのことを思いつかなかったのか・・・
作ってみたら、きっと良い経験になっただろうなぁ。







bota-de-vino1c.jpg
(もう一つは牛の角先を栓にしました↑)





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