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25年前の光

.02 2009 一滴の栄養の部屋 comment(0) trackback(0)


今日、私は昔遊んだ池に行った。
それはもう、25年ほど前の話だ。

この間何度も訪れているが、来る度にロープが張られたり、汚されていたり、と池は人の手で変わっていた。

今日も池の始まりは生ゴミがあったり、プラスチックゴミがあった。
どこのどいつがこんなことをしているのか。ゴミをよけて道らしくない道を下りる。
池の岸に下りていくと、暖かくなってきたから沢山の虫が飛び交っていた。
池は山の腕に囲まれて静かに光を湛えていた。




池は淀んでいるようで淀みは見せかけ。
そこには小学生だった自分のいた池の絵があった。
太陽の光をはじくこともなく輝く水面。
写真には写らなかった光の柱が水面に吸い込まれていた。





たくさんの藻を浮かべた池は小さな呼吸を泡にして、光輪を抱えている。
何の音もしない。
たまに鳥や蛙の鳴く声が風の中に混じるだけだった。






アメンボが水を走る。滑りながら面白いくらい縦横無尽な動きをする。
光に包まれて消えたかと思えば光の柱からつるりと滑り出してくる。

すごく昔に返ったような気持ちだった。
なにも珍しい生き物だけに感動したわけじゃない。
アメンボを見て「なんで浮いてんのかなぁ?」とひたすら見つめていた頃。

胸の中にすっと何かが差し込んだ感じ。
心の中に小さな手をした小学3年生の自分。
そして風に吹かれた25年後の自分の殻だけが水鏡に映っていた。





池の横に移動して歩く。
一度は誰かが木々をなぎ払った後が、すっかり雑草に覆われて獣道のようになっている。

池の水が木や草に守られるようにひっそりと広がっていた。
池は生きている。
前はこんなところまで池はなかった。嬉しい気持ちがじんわりこみあがった。

その近く。その近くに確か。

桑の木に登って黒く熟れた実を食べた5月。
池の横に生えていた大きな桑の木は毛虫だらけで、5月になるといつも実がついていた。

桑の木は見当たらない。
友達と登った木のあった場所は軽トラが奥に入れるように拓かれていた。
桑を思い出しながら池の奥へとまわった。
悲しいけれど、・・・うん。悲しい。
それ以外じゃない。悲しかった。
奥へと進む。 池の奥も誰かが変えちゃったかもな、と考えながら。





池の奥はあった。

誰かが木を倒して拓いてしまったのは分かるけれど、そこはその後また放っとかれたようだった。

新しい、小さな木の子供達が細い幹を光のほうへ傾け、背の高い草が池を見守るように張り出していた。

全然頑張れる。
変な言い方か。でも、この光景を見たら、この光の中にいたら、そう思えた。
確かなまっすぐな光。

一回しか生きれないんだ。一度だけ生きるために今も目を開けているんだ。
25年前の光が私に差し込んだ。

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