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ブーム・バストの懸念

.14 2009 一人芝居の部屋 comment(3) trackback(0)


ブーム・バストを知っているだろうか。
人が絶滅する可能性は、これが高いような気がしてならない。
環境収容力を超えてしまう時に起こる、自然のサイクル。


人が絶滅。
約7万4000年前に、そうなりかけたことがあった。

スマトラ島のトバ山の噴火で、壊滅的な打撃を受けた生物。
現生人類だけではない。生態系にも影響は大きかった。
この時、人類は絶滅しかかった。
巨大な噴火が灰を吹き上げ、地球の気温が下がり、
数十億メートルトンの硫酸が発生し、
そこかしこが溶岩だらけになった。

だが、今回話に出したブーム・バストは、「生き物」だから起こる現象。
火山とは違う。


知っている人も多いかもしれない。イースター島の話。
イースター島にポリネシアの人が住み始めた昔。
ほんの何十人くらいの人々は増えて、ある時、人口が7000人から1万人になった。
森が深い島だったイースター島は、森林伐採をされ、切り倒された木は、カヌーになり、家になり、薪材となった。
切り出した石を海岸に運ぶ為のローラーにも使われた。

だが、底をつく日は必ず来る。

森は消えた。新しい若木が育つのも待たずに、切り続けたためだ。
土壌は侵食されて畑は作物が作れない土になっていた。
木がなくなって、カヌーが傷んでも新しいカヌーを作れない。
漁にも出られなくなった。
家畜はヤギと鶏がいたが、それも増え続ける人口に食べ尽くされた。
島の外に出ることも出来なくなって、島民は争う。
そして飢えが始まり、争いに倒れた相手を恐ろしいことに食べてしまう。
イースター島の中で、人は滅んだ。


現在のイースター島に、木はない。
先を読めなかった恐ろしい終焉を迎えた人々を、モアイだけが知っている。



抑制のない状態で、ある種が増え続けると、こういうことが起こる。
人以外でもブーム・バストは起こる。

捕食者がいない状況で一番繁殖しやすい生き物が増える。
今は、人だ。
人が一番増える。
敵はもういないに等しい。
大型の肉食動物は殺してしまうし、草食動物は食べてしまうんだから。


増えすぎると、自滅する。
餌がなくなり、生息環境が変化するからだ。

セント・マシュー島でのトナカイは、人の暇つぶしハンティングに連れてこられて、ブーム・バストで全滅した。
この話を本で読んだ時、凍りつくような怖さを感じた。
その本にはこうあった。

29頭で連れ込まれたトナカイ達。
337平方km未満のこの島は、ホッキョクギツネがいるくらいで、草や地衣類が豊富な島だ。
29頭のトナカイは、20年もしたら6000頭になっていた。

だが。次の年。

トナカイは42頭に激減する。
そして、その2年後には全滅した。
不思議なことだが、この42頭の内、オスは1頭だけだった。
繁殖が望めない事態になっていたということだ。
激増の繁殖。そして突然の全滅。

今の人口増加は、まるでこれらの話しのおさらいのように聞こえる。


逃げ場のないくらい繁殖して、住み着ける土地には隙間一つないほど増えた時。
限界が訪れ、コロニーでの収容力を上回った生物は、生き延びる手段が尽きて、
滅ぶようになっている。

食べなければ死ぬ体。
飲まなければ死ぬ体。

命が持続するためにある条件が、増え過ぎを止められなかった自分達によって遠ざけられてしまう。
自然死亡率が、医学によって科学によって、引き伸ばされている現在。
100年未満で、世界の3分の1が老人となる。

そして、先進国ではそうなっても、世界は平等ではない。
土地も食料も分配などされはしないだろう。

貧しい国の人口減少はすでに始まっている。
平均寿命が40歳まで行かない国もあるのだ。
先進国だって、死は来るのだ。その死が、まとまってくるのかもしれない。

生活水準の低下が来る。
のんびり他人事のように老後を過ごすことの出来る人々の傍らに、食糧難への日々の悲しみと病気の蔓延に怯える人々がいるのだ。
前者の生活水準の低下よりも早い時間で、後者の生活水準の低下が著しいのだ。
それを他人事だと片付けては危ない。

新天地を求めて~、というのは、ただの欲だけでもなかった。
住めなくなった場所から去り、住めるに値する場所を得るためだった。
そして、先住民と争って、殺しあって、勝った方が住み着くのだ。
だいたい、どこの文明も途絶えている。
今の文明もまた、過去と同じ道を歩いている。
その道は一見縦横無尽に延びる成功した都市の敷地を走る道。
だが、都市の壁の向こうに、同じ生き物が、痩せた体で生きるために戦いの銅鑼を鳴らしているのだ。
壁の外にはすでに、食料も水も尽きている荒廃した大地が広がっているのだから。


目を向けるのはいつだろう。
たとえ、ブーム・バストでなかろうと、警鐘を耳に残す怯えはいつだろう。

エコバッグ1枚で何とかなるものではない。
気にした時だけ蝋燭を灯しても変われない。
毎日、生きている間、起きている間、一人一人が「警鐘」の銅鑼を気にしなければ、止まらないほど巨大になっているのだ。

気分で、ノリで、「ちょっとだけ」で、済むほどの膨れ方ではない。

「どれだけエコやればいいのよ」と訊く人がいる。
「1個2個じゃダメだって言うの? じゃあ、100個あったら100個やれっていうの?」と。

「100個やろう」と答える。
「一緒に、100個、やろう」と答える。

真剣に臨まないとならない時がある。
今がまさにその時代だと、私は思う。

滅びないために、ではなく、これ以上滅ぼさないために出来ることを、1秒でも多くやっていく必要がある。



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