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抱えきれない大切

.01 2009 一滴の栄養の部屋 comment(4) trackback(0)




昨晩、連絡が入った。 友人が一緒に山に行こうと。

mr.バオバブの親友の話を覚えている人もいると思う。その彼だ。
日焼けした小学生みたいな人だ。 

なんというか。 妙に『昭和の小学生』らしいのだ。イメージは、夏休みの小学生。
元気で、正直で、自然が大好きで。 四六時中、川に入ったり木登りをしている感じ。(実際近いものがある)
優しくて、引っ込み思案で、友達思いで、悲しいと顔に出るのになかなか言えない、という。


分かるだろうか。



この『夏休みの小学生』が、私がよく行くようになった連山を教えてくれた人だった。

一緒に行けたら、とずっと思っていたので、誘いかけが嬉しかった。










早めに起きて、ご飯を炊いておにぎりを作った。
海苔は別にして、食べる時に巻く。 
鮭やタラコは用意がないから、鳥の胸肉をしょうゆとごま油に漬けたものを炙り焼きにして裂いた具を握った。

行く道でミカンを買い、おにぎりとミカンとお茶のお昼をリュックに詰めた。


画家の車で一緒に彼のもとへ向かった。

画家もこの『夏休み小学生』との山歩きが楽しみで、道の脇で待っていた彼を見つけた時は喜んだ。









挨拶も簡単にすぐに話し出して、歩き始めた道で、会っていなかった数ヶ月間があっという間に流れ去った。







木に付いた苔。

なんという名前かまで知らない。でもそのほうがいい。3人とも植物の名前に疎い。
そして3人とも、植物にとっての名もなき友達でもあるんだ。お互い様。


美しく、森を育む地衣類。
そのビロードのような緑色の柔かさに含まれた土の息。







下の方に川が流れている。

昨日もここの橋を渡っているけど、今日またここに来れて写真に撮ることにした。
昨日も撮ろうかな、と思っていた場所だった。






これがその川。

小川で、たまに小さなカニを見る。
3人でここを覗き込んで、夏休み小学生の彼は川に下りてしまった。 

いい場所だ、いい場所だ、と何回もあちこち(全体)指差して興奮していた。
そんな彼の姿を見て、画家も私も深い緑に包まれた世界を見渡して感動した。









少し進んで開けた原っぱに出た。
夏の終わりはミチオシエが飛びかっていた原っぱ。

そこには、昨日のキノコのように、折れた枝から大きく育とうとする黒いキノコがあった。







原っぱは、画家と夏休み小学生が二人で以前来ていたところでもある。


この原っぱには夏に、バッタがビシバシ飛んでいたようだ。
今日もバッタを見つけた二人は、おんぶバッタを見て興味深そうに見入っていた。

夏は緑だったバッタが、今日は茶色いから秋バージョンだ、とか何とか。

『え~そう~?』と思っていたのは私だけだろう。


二人は秋色に変化した(?)バッタを見て、コオロギを見つけ、ナナフシを見つけ・・・

本当に楽しそうだった。
もちろん私も、とっても楽しい。

しらけた相手と来ることはない場所だろうが、見せかけだけの自然愛好派と来たって勿体ないだけだろう。
本当に心から自然が好きな人とだけ、こういう場所は来るものなんだ。







昨日の紅葉の写真にあった木。幹。 ・・・・・ 太さが分かる写真を撮るつもりだったのに。
違うな。 木にまぶしたような苔の写真だ。

これはこれでいいのだけど。

この木の先には溜め池の端側がある。







ここが溜め池の端側。 増水の影響で橋は泥を塗ったようだった。

溜め池に入りたがる雰囲気を感じ、二人の間を縫って引き返した。どちらかが入りそうだった。
悪くはないけど、泥が上がっている池の縁は足を深く取られてしまう気がする。
好奇心でうっかり泥にはまる、その姿を見たら私は笑ってしまいそうで。

けしかけたら本当に池に入りそうだった。


夏にね、夏に入りなね、と心の中で言っておいた。







池の周りを歩いて、洞窟の前を通り(ここも入りたがっていた)、昨日、水を汲んだところまで来た。

水を汲んで3人で飲んだ。

お茶は持っていたけど、からのペットボトルに水を汲んで飲みたかった。
水は昨日と同じように澄んでいて、きらきらして、そして苔や土の香りを含んだまあるい水だった。


この戻り道の開けた場所。大広間のような場所で、おにぎりとミカンを食べた。

今日は暖かくて、風も強く吹いて、3人とも一つの長いベンチに座って食べながら木の群れを見て話した。
mr.バオバブの話や、燻製作りの話、喫煙者のマナーや自然の恩恵、今まで会っていなかった時間の話。

背の高い、手を空に広げた桜の大木を見つめて、スタンド・バイ・ミーのような一場面が過ぎた。



『また会えるんだ』と思うのに、心のどこかで『もし会えなくなったら』とも、よぎる。


黒曜石を拾って、3人で車のあった場所に戻る。
黒曜石の割れ方や、割れた後の感じを説明して、地面にこじりつけて黒曜石の破片を取った。

夏休み小学生はそれを真剣に手の平に乗せて観察していた。
危ないからね、と私は言った。 画家は、それで料理できるねと、夏休み小学生は笑って、『凄いですよね・・・』と。
黒曜石だけで話が続くなんて、と続けた。
ハイキングに来る人たちは黒曜石を見向きもしない、でも自分達は同じ目の持ち主なんだと、言いたかったみたいだ。




お金より大事なものなんてごろごろしてるんだ。

お金で本当に苦労したことがないから言える、という人もいる。残念だが相当な苦労をしてきた上での言葉だ。
太刀打ちできない子供の時期の貧しさと、精神を病んで堕ちていった貧しさと、真正面から人生をやり直す決意で選んだ貧しさ。

どれも中途半端な貧しさではない。


それでも実感する。 お金がないことによって失うものは自分の何物でもないことを。
お金で失うものは、自分の中身の何かじゃない。もし失くすならそれはお金で変わる程度の自分自身だ。



森の壮大さも、ティースプーン一杯の土にいる10億以上の生命も。

心で手探りする自分との対話も、大切な友人への尊敬も、顔を見て笑顔でいられる時間、も。

今日一日の、たった数時間であっても。

世界中のお金を積んでも同じものを買うことは出来ないんだ。



胸を内側から叩きつけるような鼓動は、いつでも本当の意味を教える時に響いてくる。



















追伸:『夏休みの小学生』へ。
   
   豆料理の話をしたでしょう?
   地球の裏側にいる親愛なる友人が豆を沢山送ってくれた、そのおかげで豆料理三昧です。
   今日は、クランベリービーンズとガルバンソ、豚肉をトマトとオレガノで煮込みました。
   赤玉葱のレモン漬けと、ローストしたジャガイモと胡瓜のサラダも添えました。

   いつか食べにおいでね。 


  





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