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ざわめく森

.31 2010 一滴の栄養の部屋 comment(2) trackback(0)




確か、1週間前くらいにも行ったような気がする。
でもまた今日、森へ出かけた。 とても行きたかったから。

ただ、今日が日曜日だということをすっかり忘れていたのだけど。




安息日は仕事をしないような話を遠い昔に聞かされたことがあるが、私はあまり関係ない日々。

名ばかりの宗教上信者には、安息日や行事はうろ覚え。
うっかりしていると何日でも休まないし、逆に休み続けることもあるし。
でもこういう時はちょっと思い出せるほうが良い気がした。

例えば、安息日は世に言う日曜日であり、日曜日は多くの人の休日に当てられているということも。



今日の森は、森の中というより里の中、というほうが合っている雰囲気だった。






私は森に着くまで、日曜日であることなんてすっかり忘れていた。

いつもどおり、お昼のおにぎりを用意して、カメラを持って、『よく晴れて良かった~』なんて言いながら森へ行った。









着いてみて、本当に、いつもどおりの静かな森の入り口に来た、と思ったら。


車が縦列駐車(路中)していて、森の入り口に何人か立っていた。
『あれ?』と雰囲気の違いにちょっと止まる。

その後森の中へ入っていくと、すぐに子供連れの人々が見え始め、少し先には沢山のハイキングの人々が団欒していた。
ベンチが設けられている高台の場所に、久しく見ていないくらいの人数が。
まるで森の中の喫茶店。


『今日はとっても人が多いんだなぁ』と思うものの、まだ理由がよく分からないでいた。


森の小道に入るまでの間、何人も会って、何回も挨拶を交わす。
『今日、どうしたんだろう?』くらいにしか思っていなかったけど、普段は使わないほうの道の階段をすぐに降りることにした。


驚くほど人が多かったから、ちょっと道を変えようと思った。










人の声から少し離れて、道を下りていく。

不思議な形の幹を持つ木に出会った。
きっとここに、もう一本の木があったのだ。

切られてしまったのか、根こそぎか、この幹を作り出したはずの木は、切り株さえも見当たらなかったが。

こういう、『ここにもう一つの木がいたんだよ』という名残の跡を見ると、しばらく見つめてしまう。



一人だけで生きていくのは大変だから。









一人ぼっちの木からちょっと歩くと、足元にこういったサヤが点々と落ちている。

この前来た時も気がついていたけれど、上を見上げてもこの豆が生っていそうな雰囲気がない。
きっとリスなりサルなりが食べたのかも。

割と大きなサヤで、長いと15cmほどある。豆の大きさは多分直径2cmくらい。

点在している上に、中身がきれいにない。
リスが食べるにしても相当な量だ。 だからサルかな、と思った。


この森で哺乳類に出くわすことは滅多にない。だから、食べ跡やフンを見たときにしか判断できないのだけど。











しかし、今日は落ち着かない。
次々に人と会うし、人の声がどこからでも聞こえてくる。
いつもと雰囲気が違うと、なんだかそわそわしてしまう。


早めにお昼にして早めに切り上げることに決めた。


食べながらなぜ人が多い日かを考えて、ようやく分かった。 今日は日曜日だということを。

それで、こんなに沢山の人たちがいたのか、と。


日曜日で晴れていて、暖かくて風もなくて、雨上がりでもないから歩きやすくて。
家族で歩こう、とか、老夫婦でハイキングとか・・・
なるほど、と思った。

どうりで食べている最中でもひっきりなしに人を見るのだ。

普段は誰もいない。
戻るまでの間、2~3人くらいの時もある。全く会わないときもあるくらい。


こんなに良い天気だもんね、とおにぎりを食べながら空を見ていた。
皆自然のあるところに行きたかったんだ、と思った。













食べ終わって帰りの道を歩く。

いつもと違う道から戻るのだけど、別の方面から来ると、見えるものも違ってくる。
苔の生えた土の壁に点々と小さな穴。

見たことがないけど、点々とそこだけにあるのだから、きっと何かが住んでいるのかも。










下ばかり見ていたけど、ふと背中を伸ばすと。


燦々と降り注ぐ太陽の明かりを、植物が精一杯受け取っている光景。

なんてきれいなんだろう。
妖精でもいそうな溢れる光の一場面。



でもすぐに現実が。

人の声が近づいてくる。辺りを見回すと、もっと戸惑うものを見た。
写真には撮らなかったけど、木がたくさん切り倒されていた。

たくさん。


何がいけなかったのか、何か問題がある生え方だったのか、それとも使うのだろうか?

使うふうには見えない放置された切り分けられて転がる木。
切られている所も別に歩行者に問題ありそうにも思えなかった。



大きく育った太くてしっかりした木々が膝下よりも低く切られているのを見て、突然悲しくなった。











何で切ったのかなぁ、と疑問に思いながら足取りがゆっくりになる。

すると、小さな綿毛をくっ付けたタンポポの種みたいな種を見つけた。
タンポポよりもずっと大きいけど、何の種類か分からない。
種の部分は1cmくらいあった。


この小さな綿毛の子を見つめていたら、『命は巡っているんだよな・・・』と静かに思った。
切り倒された木と、これから大きくなる種。











森に来てふさぎ込むとは思いもしなかったが、そんな私の顔を誰かがぐいと押して慰めようとしてくれていたのか。

次に目に付いたものは、ドングリだった。
このドングリ、なんか変わっているな、と思ったら。

芽が出ていた。


ドングリが森の中で一生懸命大きくなろうとしていた。

見ればこのドングリの周囲、あちらこちらにたくさんのドングリが柔かい土にしっかりくっ付いて立ち上がろうとしている。


見ていて何だか力強い。 小さな頑張る姿に嬉しくなってきた。
与えられた生命を、真っ直ぐに生きる姿。

なんとも励まされる。











こんなところにも、あんなところにも、よく見てみれば冬の森のいたるところで命が少しずつ動き出している。


まだ黄色い柔らかな小さい葉っぱをぴんと反り返らせた芽が、太陽の光を体中で受けている。



切り倒されておびただしい数の丸太になった木の横で、その丸太を『こんな木、欲しいな』と笑って話し合う人々の声の横で、
木の赤ちゃんが風に揺れて光を浴びている。












願わくば、この森がこれ以上人の手に壊されないことを。


切り倒されてそのままになった木を、他の生命が包み込む。
息絶えた生命の朽ちる速度を慈しむよう。



聞こえないはずの、沢山の声が耳の奥に響いている気がした。
音なき音、声なき声で、森の無数の生命が喋っていた。











一羽のカラスが森の終わりにいた。

街中にいるカラスと違って、ちょっと警戒してはおどおどしている。



このカラスが、今生きている場所を奪われませんように。

私が側を通り過ぎると、カラスはちょっと奥まった木の枝に飛び移った。
それでも、私が見えなくなるのを見ていた。








帰り道に思うことは、いろいろとあった。


今日はいろんな意味でざわざわしていた森だった。












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