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猫の絵

.04 2010 未分類 comment(2) trackback(0)





このブログの初めのほうにも載せたことがあったかもしれない絵を見つけた。
度々この猫の絵は登場している気がする。


猫が好きかどうか、というと、好きなんだと思う。
でも、猫の絵を描く機会は少なかった。

だからこうして6枚も猫を描いたことはなかったため、この時のことは思い出しやすい。



猫を描く、という気持ちの中で変化をちょっと感じたはずだ。

それまでにはない現実味を何となくだけど頭に漂わせていた気がする。
猫は現実の生き物だから。


私にとって、全ての現実と全ての架空は常に平行だった。
表裏ではなく、明暗でもなく、真実と嘘でもなかった。
常に同時に存在していて、常に同等の光を浴びていた。


私の描く絵には、自分の目以外で見つめていた別のものが入っていた。


猫は、そんな私の絵の世界では、描かないほうがよい対象だったと思う。
目に映りっぱなしの現実の一部を描く理由なんて、私にはなかった。

見たいものを描きたかった。


見ることの久しく適わないものを。


その時まではずっとそうしてきた。










縦長の紙に描いた猫。

猫はこっちを見ているのもいるし、動いている周囲を見ているのもいる。


この6頭の中で私が好きな絵の猫は、真ん中の絵の猫。黄色い目の毛が深い猫。
こういうボサボサした感じの猫が、いつも目に留まる。


でも実際に一緒にいた猫は、大体、短毛種でちっこい身体でどこにでも居るような顔をしていた。










横長の紙に描いた猫。

顔しか描けなくて少し物足りない気がした。ここに全身を入れても良かっただろうけど、今言ってもしようがない。


今追加で描いたとしても、この時と同じような感覚でこの猫達の仲間は生まれてこないだろう。
横長のほうの絵の猫達もまた、それぞれ好きなほうを見ている。
描いた時から、鉛筆の線が下描きで紙に付いた時から、猫はそこにいた。



現実味のある対象、猫。

どこにでもいて、どこででも会う。

不思議と猫は、いつ一緒にいるときも、人の目に見えていない何かを見ている節がある。


架空も現実も同じように見つめていた私にとって、猫を描くというのはある意味、現実への直視だったかも。

だけどそこにはまだ余裕が残されていて、猫そのものは現実なのに、その視線の先には非現実的に思われる存在の同時が感じられる。



この時期の私には、猫は境界線だったのかもしれない。




意味の分からないことばかり、書いてしまった。

たかだか30数年の生きている時間だけど、それでも紆余曲折してきた気がすると思って。
この6枚の絵を引っ張り出して、しみじみ見つめていた時間。


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