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距離

.01 2010 一人芝居の部屋 comment(2) trackback(0)




今日は寒い。 東京のほうでは雪が降っているようだけど。
私のいる地域は同じ関東でも雨のまま。
叩きつけるような、大粒の雨が降り続く。


寒い静かな夜。

どうしてか、他人のことを考えている。



ここからは独り言だから、時間を作ってまで読む内容ではなくて。
気が向いたり、暇で時間を潰すくらいの読み物かも。


私は昔、人の話し相手をしていた時期がある。
その時期には、年や性別もばらばらの人々の話をよく聞いていたと思う。

学歴のない私だから、これはボランティアだった。

今はこうしたことをするのに資格がいるのだろうし、学歴もあって当然、なのだろう。
でもいつも思うことがあって、学歴があっても人の心の奥に入れる人は少ない。

そう思う。

固定観念や先入観でしか判断しない人の言葉には何も返せなくなる。返すだけ無駄だ。
ことに無意識下からくるのだろうか、相談者の相談に対して『私ならこうする』と言い切る言葉をよく耳にした。
「人格者」と「社会でのレベル」がイコールになっていることが多い。

学歴のちゃんとした人たちの中にも勿論素晴らしい人格者はいる。
ただ、学歴のない人間にも人格者は存在しているということを世間は認められないみたい。


相談者で、私と同じように学歴や仕事が、一般的な言い方で『低い』人達と話す時、よくそう思った。


私が相談していた人たちは皆、自分の社会的な状態に一抹の恥ずかしさを持っていた。

たとえ、普段はそれが表面に出なくても。
たとえ、自分自身でそれを意識していなくても。
自分以外の誰かにそれに触れられることを過敏に反応していた人が多かった。


私はこの体験の中で、人の中にある弱く脆く危うい部分を見て、そしてまた強く気高く潔い部分も見た。

多くの人の話しを通して、多くの人の人生の一部を聞いて、多くの人の『ロバの耳』になって、人間という生き物の現在を見つめた。



本当の学びは、自分自身を重ねていたことだったけど。



話を戻す。

劣等感を持たない人はいないと思う。
それはそう感じるのだ。

劣等感が薄い人は、自分の存在を認めて生きることが出来るけど、劣等感が強い人は不安定な環境に入ると自己がぶれ始める。
私はよく、そのことに気付く。 自分が一番分かりやすいから。
他の人の『悪い部分』。 それはほとんどが私も持っている。
その強弱は無論異なるけれど、自分が嫌いな人間というのは大体自分のどこかしら、似通うものがあるものだ。

理想は意識するから作られるものだが、劣等感は無意識に作られる。

その相対する同時性に、人は自分以外を責めることで自分を守ろうとするのだろう。
劣等感があるというのは多くの人に見えたものだけど、言ってみれば無自覚に近い孤独状態なのかも。




こうした体験で何より学んだのは常に自分自身の弱さと改善だった。

今の私は10年前よりもマシになったかもしれないけど、それに少しは人の気持ちや心を知ることが出来るようになったかもしれないけど、
それでも、新しく出会う人に親しく近づくことが出来ないでいる。

新しく出会う人たちは、以前あった人たちではない。
以前、私に相談を持ちかけた人ではない。
人はそれぞれ、全く異なるのだから。

似ていても違うし、近い気がしても別なのだ。

だから人になれることが出来ない私は、いつになっても距離を保ち続けている。




当時の経験で得たことに、もう一つ大きな教訓がある。

距離を縮めるというのは、一種の勇気が求められるということ。


相手は自分じゃない。
自分もまた相手ではない。

だからこそ、近づくなら自分の思惑を外れるということも分かっていないといけない。
それを怠ると両者がいずれ傷つく。 酷いと、二度と心を開かなくなる。




信じるというのは勝手で、裏切られるというの我儘だ、と。

昔、誰かの言葉で覚えた。


その時は、冷たい言葉だと思った。
でも徐々にその意味が理解できるようになる。その段階もまた、理想が砕ける妙な痛み付きだ。
でも知ってよかった。 それにその言葉は冷たいのではなくて、常に理解していなければいけない言葉でもあると分かった。


自分の感情に責任をもてないなら、人を信じるなんて大それたことはするべきではない。
相手を自分のように思うのは勝手だけど、それを相手に押し付けるのは我儘だ。

どれほど近くても、どれほど理解しているつもりでも。


人はそれぞれなのだ。
他人と自分との距離は、自分の器によるものだ。




至極稀なことに、私でも孤独を寂しく思うときがある。

孤独は嫌いではないから、普段は感じないことだけど。
だけど忘れているのだ。

孤独であるということを知るには、他人が周囲にいる環境がなくては孤独は生まれないということを。

つまり、他人にたいして、何かしらを思う時。孤独を見ることが出来るのだ。
そして同時に、自分が他者には近づけないということも知る。






つまらない話を滔々と書いてしまった。


多分、離れている友人にどう話を切り出していいか分からなくて、こんなことを。
近いようで遠く、縮まったようで深い谷が横たわる距離に、もう少し努力がしたくて思うのだろう。


それさえ、その努力をして良いかどうか考えているものだから・・・







深々と寒くなる一方の夜。 

雨が降り続けている。











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