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作る意識

.25 2008 革の部屋 Leather comment(0) trackback(0)

難しいコトが出来るようになると、嬉しいからそれをふんだんに使いたくなる、というのは幼いのだろうか。
私は何にでもこういう一面が出てしまう所があって、いい年をして性格的に未熟なんだと思う。

そんなことはどうでもいいのだが、『難しい』技術について考えていた。

初心者から始まって、習得を通して技術を身に付け、一人前になるもの。
習得していく折で常に上に目を向けていると気付かなくなることがある。

随分前だけれど、工房を営む職人の人に言われたことがあった。

手を抜いた作風というのも創ると良いですよ、と言う。
一生懸命自分なりに、その意味を考えては形にし、あれこれ一心になった。
でも、どうやっても何だか意味が「かちっ」とはまる感じはなかった。なので、ある日職人に訊いてみた。
『自分で納得できるように努力しましたが、どうにもつかめないでいます。』
職人は答えてくれた。
『それは技巧に駆使しないという意味です。手抜きと違います。盛り沢山とも違います。』

覚えた技術をこれでもかこれでもかと形にするのではなく、でも手抜きでなく。力を抜いて、使う人に使いやすいように技巧をさりげなく作品に用いる。
と、その人に教えられた。

以来、そう意識しながら作るように心がけている。

「使う人に良いように」とは、使用者の注文を聞くオーダーメイド、とは捉えていない。
普通ならそう受け取って作って良いと思う。でも、私の使う革でそれは叶えられない領域がどうしても出てくる。
だから、出来る限り長く使えることが可能、とした。

ネックレスなりなんなりの装身具が中心だと『使える』=『使いやすい』=『自分らしい使い方のしやすい』が、その意味かと思う。

なくてもとても不自由するものではないのがアクセサリー。
靴やカバンに比べると必需性は人によりけりではないだろうか。

そういったものだとして考えれば、丈夫で主張しすぎない、でも手に入れた人がその人らしさを更に引き出せる、そういう存在であることが大切だ。

それも踏まえて、ここにある遺された革を生かす状態を長い時間保てるように。

作り手の自己満足にも使い手側の全てにも傾かない、革にとって形を変えた意味がちゃんと在るように。 作って、生きたい。


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