スポンサーサイト

.-- -- スポンサー広告 comment(-) trackback(-)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

年年歳歳花相似

.05 2009 一人芝居の部屋 comment(4) trackback(0)


人生如白駒過隙

年年歳歳花相以

歳歳人不同




昨日は満月だった。

低い位置に出た丸い大きな月。 家に戻る最中だったが、家の前を過ぎて海岸線に出た。
月を撮りたかった。


子供の頃にどういうわけか、私は聴いていた曲が妙に渋かった。
笑ってもらうところだけど、小学生の私の家で流れていた曲、邦楽は柳ジョージとかオフコースだった。

無論、親の趣味である。

親父の聴いていた好きな曲だったのだ。
私は親父が好きではない。でも嫌いでもない。よく知らない。
ただ、矛盾していて押しおきをする不当な奴だな、とはいつも思っていたが。

親父は私が10才のときに出て行った。子供のために人生も金も使いたくなかったそうだ。
皆は親父のことを罵って、なんて無責任でひどい男だと泣いていた。

皆が泣いているから合わせて1回泣いたけど、正直な気持ちは何で泣くのかもピンとこなかった。

私は10才だったけど、ずっと何かにうそぶいて生き続けるほうが変だと思ったからだ。
親父のしたことは酷いことだろうけど、でも嫌々食わせていくって言うくらいなら消えてくれたほうがマシだと思う。

そいつにとっても、私にとっても。 
依存していた人にとっても。  

生きている道は、誰のものにもならないんだ。
その生命主の歩く場所しかないんだから。
別れを泣くことは自然だと思っていても、別れを選んだ相手に無理やり居残らせようとして泣くのは。
その人の人生をどこまで預かるか、そういう内容も含まれてる。
だから、私にとっては親父が私達を嫌がって置いて行ったなら、それで仕方ないと思うところだった。


親父が出て行った6年後に私も家から出て行った。
その時に、家にあった柳ジョージの楽譜?らしきものの中から、そっと1ページ破って持ってきたのを覚えている。
何でそんなことしたのか分からなかった。
ページは『アフリカの夢』というタイトルの曲だった。

歌詞の意味もちゃんと分からない私は、小学生の頃から聴いていたこの曲が一番好きだった。
たんに『アフリカ』の言葉だったからかも。


それから随分経って、自分の中に抱えた巨大な恐怖と別れた時も、
馬鹿みたいに虐げられたおぞましい日々からの別れの日も、
今日みたいに大事だった猫が死にに行くのを黙ってお別れした日も、

どういうわけか、親父の捨てていった『アフリカの夢』を思い出しては、
突然聴きたくなるようになった。



嫌な別れ方をした時は、この曲を思い出すようになったのか。

お別れした先は決して悪くはならない。
苦痛をかなぐり捨てるんだ。 その後が身軽に思えるんだ。
だけど、その時は妙に涙が止まらない。

昨日も今日も今も、拭いては落ちる涙で袖もシャツも机も床も水浸しだ。


誰かがよく言う。

何でも知ってるみたいな口調で。

繰り返していくうちに慣れる、って。



そんなはずないんだ。慣れるなんてないんだ。

何一つ同じ状況なわけないのに。

嫌なことが起こるたびに「ああ、また?」となるかもしれないけど。

その痛みにまで慣れることは出来ない。


その都度、その痛みの質が違うんだから。

私は一生、大人になんかなれないだろうな。




一昨日。

家の外に出て行った私の猫は、薬がなければ24時間で発作が常時起こる体の猫
脳味噌は電流の嵐だ。
自分が誰だかもまるで分からなくなる。

死ぬまで発作は続くだろう。
壮絶な死に方だ。

お前のこと、大好きだったから、薬漬けで死ぬの嫌だったのかなって思うよ。

家の中で薬の延命で死んでくのやだったんだろうなって。

薬がないと強烈な痛みの中で死ぬことになるのに、外に行きたがってたお前が、表に抜け出したって連絡が来て、
探しに行かないことを選んだ理由はね。

お前が草の上にいたいんじゃないかって思ったからね。



満月見えないかなぁ、って。

発作が連発すると瞳孔が開いて目が見えていない状態になるらしいから、
お前の目に満月映んないかもなぁ。


どうか、苦しい時間が短くて済みますように。


お前はすごく頑張って生きてたんだから、死ぬ時まで頑張り過ぎないで。

ずっと祈ってるよ。



スポンサーサイト

comment

Kinu
何か起こっていたのではないか、と思っていました。
そして今お話をきいて、
わたしもなみだを流しています。

eaさんが探しにいかなかったわけもわかります。
わたしも同じことを経験していますから。

ヨロは時を感じたのだと思います。
私は思うのですが、
猫がその時を感じるときは、確かだと。
そしてその猫はしっかり覚悟が出来ていると。

わたしもeaさんと一緒になみだ流しています。
2009.10.05 08:54
ea
萬はまだ生きているかもしれないです。
猫はタフだから。
でも、外で発作が頻発したら、ヨロは立ち上がることも出来なくなる。
立ったとしても歩けない。
ヨロは体中のエネルギーを発作に使って、食べ物や水に辿り着けずに
餓死するんじゃないかと思います。
さっき連絡が来て、留守時のヨロの世話をしてくれた人が詳しく話していました。
いつもは側から離れないから安心していたのにって。
土曜の日、顔も出ないような隙間しかなかったのにいなくなったって。
どこも猫が通れるような隙間はなかったといいます。
申し訳なさそうだったので、『ヨロは知っていたんだ』と伝えました。
『自分がもう無理かもしれないって知ったんだ』って。

昨日、それでも彼女は探したようですが、外で見たヨロは狂ったようになって、
捕まえられる状態ではなかったと言いました。

後数日、萬は命があるかもしれないけれど。
萬は死にに出たんだと思うばかりです。
死に近づく今も、萬が苦しむ時間が短く終わるように願うのみです。
2009.10.05 09:38
Kinu
じつは母の主治医が母の臨終のときに
「死に近いとき、その人は
痛みも苦しみを感じていないのです。」
と私におっしゃいました。

そのときから
私はこの言葉を常に大切に抱えています。
私はこの医師のことばは
本当なのだと思うのです。

猫はその時をかなりの正確さで
悟るのだと私は思います。
2009.10.05 10:30
ea
その言葉を留めます。

めでたしせいちょう満ちみてるマリア
主御身と共にまします
御身は女のうちにて祝せられ
御体内の御子イエスも祝せられたもう
天主の御母聖マリア
罪人なる我らのために
今も臨終の時も祈りたまえ

めでたし、といわれる祈りです。
萬にもマリア様が祈ってくれると思います。
萬は罪人じゃないけど、臨終に近い体だから、
その体から痛みや苦しみが遠のくことを祈ります。
Kinuさん、気にしてくださることを感謝します。
萬もきっと、Kinuさんの思いの分、痛みが薄れているって。

2009.10.05 11:13

post comment

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackback

trackbackURL:http://cyatai.blog21.fc2.com/tb.php/280-58e987f2

プロフィール

ea

Author:ea
EA/ 絵描き・端革細工作者

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

最新記事

カテゴリ

HP・端革細工の回廊

Gremz

クリック募金

National Geographic

天気予報

天気時計

Amazon

日本語→英語

最新コメント

RSSリンクの表示

リンク

検索フォーム

月別アーカイブ

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。