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革のツリーの飾り

.15 2009 未分類 comment(4) trackback(0)

タイトルのまま。 ツリーの飾りにするつもりのもの。



去年はこうしたものを作らなかった。去年もおととしも。
去年はクリスマスツリー、その他クリスマスのためのものを持っていなかったし、一昨年は車の中でクリスマスを過ごしたからだ。

今年は・・・・・



でもこれは残念だが、私の家に使うためではない。
そういうものだ。

自分のために作るほどのことはない。 私がのんびりクリスマスを祝えるのはまだ先のことだろう。
これは誰かしら・・・ そうだ、誰か、ツリーに飾る人が持っていくのだろう。



今年の私のクリスマス。 まだ一ヶ月ちょっと先だけど。


自分なりの祝い方を、自分だけの空間で、誰の言葉もちょっかいも差別もないでするクリスマス。

気を遣うことも見栄を張ることもない。
変に自分の宗教柄を出すこともない。
誰かの大事な誕生日、というのはクリスマスでも同じこと。 私にとっては。

それでいいよね、と神様に心の中で言う。





ツリーに飾るものを作っただけでいろんなことを思い出す。







馬。

1ダイム硬貨と並べた。 ベルトとかは本当は付けたくなかった。
吊るす紐を縫いこむのを忘れたから、ベルトを付けることになった。
ベルト無しの馬のほうがいいなぁ、とこれを見てても思う。

取っちゃおうかしら。







牛。

2000年ほど前、ベツレヘム近くの牛はどんな牛だったんだろう。
そんなことを考えながら作っていた。

北アフリカの牛のほうが、ヨーロッパの牛よりも似ていたかとか。






羊。

まだ何頭か作らないと、と思っている。
角のある羊とか、色の違う羊とか。

羊も耳が長い種類がイメージにあって、それにあまり白い羊、というのは私のイメージには浮かびにくい。


白い羊は2頭くらいでいい。








木と、松ぼっくり。

松ぼっくりって、たくさん形がある。
だから松ぼっくりという名前で紹介していいかどうか。

木は、もみの木のことを考えていたわけじゃなくて、レバノン杉のことを思っていた。
実際見たことのない木だからよく分からないんだけど。






これからまだ、何個も作るだろう。

25種類~30種類くらい、複数作れるものは色が違ったりサイズが変わったりしながら。




どんどん寒くなっていく。
それにどんどん日が短くなっていく。

クリスマスの前に、冬至のお祝いをしなきゃね。








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comment

Kinu
Eaさん、作品を見ていたら
何故か涙がでてきてしまいました。
あまりに彼らが生き生きしていて・・・
小さな端革から素晴らしい命が
とても個性的で幸せそうな新しい命たちが。
Eaさんが彼らを世に送り出したのです。

歳だからでしょうか、
日常のふとしたことに感激して
なんでもないことに涙を流すことがあります。
美しい夕焼け、
日向で寝る猫、
雨のようにふる落ち葉、
寒い日に見つける虫、
ときどき出会う動物や虫の死。

全く話はそれてしまいますが・・・
昨日寝る前に一冊の随筆集をとり
その中にとても心惹かれる随筆がありました。
寺田寅彦氏の「知と疑い」という作品です。
氏は物理学者であり文学者でもある。
氏のことは殆どしらなかったのですが、
夏目漱石氏の「我輩は猫である」の中に
登場している人物として興味はありました。

本当はEaさんと直接お話したいことです。
というのは話が長くなりそうだからです。

この寺田氏にとても興味を覚えました。
私は微分積分で数学と別れを告げたのですが・・・
この随筆の冒頭の一文:

『物理学は他の化学と同様に知の学であって同時にまた疑いの学でもある。疑うゆえに知り、知るがゆえに疑う。暗夜に燭をとって歩む一歩を進むれば明は一歩を進め暗もまた一歩を進める。しかして暗は無限大であって明は有限である。暗はいっさいであって明は微分である。悲観するひとはここに至って自棄する。微分を知っていっさいを知らざれば知るもなんのかいあらんやと言って学問をあざけり学者をののしる。

・・・・・・

疑いは知の基である。よく疑う者はよく知る人である。・・・

・・・・

基本的の原理原則を探り当てる大科学者は常に最も無知な最も愚かな人でなければならぬ。学校の教科書を鵜のみにし、先人の研究をその孫引きによって知り、さらに疑う所なくしてこえを知り博学多識となるものはかくのごとき仕事はしとげられないのである。

・・・・』

このあとももっと興味深い氏の随想が続くのですが、
成る程なと思いました。
私はよく「何故だろう・・・」と思うのですが、
その何故という疑問を追及することに
あまり興味がないのだな、と思いました。

月には今でもウサギがいる、とか
そうなることは不思議だ、でとどめてしまう。
自分なりの架空のイマジネーションを
持ち続けたいのかもしれません。
あるいは、真実を追究する意欲に
かけているのかもしれません・・・
(つまり怠け者・・・)

でも常に様々なことに感動を覚えることは
止まないでほしいと願っています。
Eaさんの作品はいつも私に
素晴らしい感動を与えてくれるのです。

ありがとうございます。
2009.11.16 01:21
Kinu
Eaさん、もう少しつきあってください。
寺田氏の言葉を、

『・・・人間の知識を一歩進めんとする者は境界線まで進むを要する事はもちろんである。すでに境界線に立って線外の自然をつかまんとするものは、いたずらに目をふさいで迷走するだけではだめである。目を開いて自然その物を凝視しなければならぬ。これを手に取って右転左転して見なければならぬ。おうして大いに疑わなければならぬ。この際にただ注意すべき事は色めがねをかけて見ないことである。自分が色目がねをかけているかいないかを確かめるためには、さらに翻って既知の自然を省みまた大いに疑わなければならぬ事はもちろんである。

・・・・・』

ここで思ったのでした。
物理学ということが
どういうことで成り立ってきたのか・・・
そして
私はやはり物理にはむいていなかった、と。
不思議を不思議のまま放置してしまうのですから。

ちょっとこんなことを思った夜でした。

日曜の今朝はとてもよいお天気です。
午後は結構あたたかくなるとのことで、
車を洗うことにします。

昨日は台所に立ちっぱなしでした。
そういう気分の一日だったのです。
つくったのは、
ビスコテイ、スウィートポテトパイ、
りんごとくるみのケーキ、
バターナッツスクワッシュスープ、
カレー、
ニンジン、くるみ、クランベリーのサラダ。

アメリカはサンクスギヴィングの日が近く、
この時期からクリスマスはどうしても
「食」が日常の一番の関心事となります。
そして年明け元旦に一気に
「運動、減量」に関心が変化するのです。

Eaさん、よい夢がおとずれますように。
2009.11.16 01:40
Kinu
Eaさん、これからまたこれらの動物たちを
増やしていくとのことですが、
思うのです。
一番初めに作った動物たちは
Eaさんの手元に残しておいたほうがいい、と。
一番初めに作った動物たちは
親元にとどめて、
2番目からの動物たちを放したほうがいい、と。

なんとなくこの思いを伝えたくて・・・
2009.11.16 04:01
ea
Kinuさん、今日はとても元気があった日だったんですね。
といっても、この返事はもう夕方で、Kinuさんのコメントは前日のものですね。
でも、昨日は車を洗ったり、家仕事をなさったり、沢山料理を作ったり。
お料理は名前を連ねてあるだけなのに、とてもお腹が空いてきますね


3番目のコメントにあった、『私の手元に始めの動物を残す』ということ。
そのようにしましょう
そして、この後に作られていく動物や小さな自然の姿は、人目に届くところにおきます。
始めに作った動物達は、私が贈りたい人を見つけた時に出発してもらうことにします。

しかし作ったものが、人様にこんなに感動してもらえるようになるなんて。
私にそんなことが起こるとは思いもよりませんでした。
Kinuさんは本当に涙を流していらっしゃるんですね。
私の心の中をお見せできるなら、感謝とこの感慨深さをお知らせできるのですが。
こうしてどなたかの心にふと入っていける、小さな作品達に救われています。
本当に・・・私が、救われているのです


寺田氏の言葉、私にはとても難しい方ですが何となく理解できる気がします。

物理学も文学も、私にはとてもついていけそうにない学問。
それなのにどうして寺田氏の言うことに「そうかもしれないな」と思えるのかしら?
Kinuさんの抜粋の仕方が要点を得ていたからだとも思いますが、
途方もない勉強の末に寺田氏が書き残した言葉は非常に明瞭な『人の像』を出しているような。

コメントを3度ほど読み返しました。
私に分かるのはKinuさんが何を伝えたかったかです。

知るということ、それは言い換えれば疑いという探究心の続きで、
それを行う人は、先入観も得た知識の木枠も使わずに、
常に愚かで無知という素敵な精神を持って原理を求める、のですよね。

この方は物理学という道の上で、この言葉が綴った意思を残しています。
Kinuさんは・・・ いえ、多くの人もまた、きっと各々の道で同じように感じるのです。
それぞれの言葉で、それぞれの過去を繋げて、それぞれの導かれてゆく明かりに。

う~ん、私こそ話がそれ始めていますね

Kinuさん、そうですね。
仰るように、ここでの話にしてはやや時間も足りなく語る場所にも足りません。
いずれお会いできる時に、またこの話の続きをしましょう

Kinuさんの感動の心。
これは天が与えた天恵です。感動する心の動きに、人は息を続けるんですもの。


2009.11.16 17:19

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