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編んである形

.05 2010 他素材の部屋 Other material comment(2) trackback(0)



これが何かというと、革が編まれた状態。

見たまましか言いようがないのだが、これにはちゃんと意味がある。



今日、面白いものを見た。

他の人なら別にとりたてて面白いと思わないかもしれないけれど、私の世界は小さいのか、すぐに気になる。
見たものは写真。
写真の掲載されているのは料理本。

料理の一品の写真を見たのだ。



そこには不思議な形に細工した食べ物があって、しばらくその小さな写真を眺めていた。
それは昆布だった。







これが昆布。も~、本当に見たままで申し訳ない。
しかし昆布である以上のものはない。

この昆布写真は私の作った昆布なんだが、不思議に思ったほうの昆布写真は、それはもう比較にならないほど美しかった。

本の写真上ではこの先の段階、つまり料理された上の一品として昆布が載っていた。


私が昆布が好きとかそういう興味の話ではない。

題にあるように、食材が編んであるということに興味があったのだ。



よくあるのはパン。な、気がする。
パンの生地を編んで焼いてあるものを見る。
マジパンや、小麦粉の生地のものを編んだり細工してあるのはいろんな場所で見る。
他にもきっと、私がよく知らないだけで沢山の食材が編まれているんだろう。

でも、今回見たような編み方をしてあるものは私は初めて見た。



これは革でよくある、トリック編みという編み方の応用だ。

目に留まった時から『何だか見たことあるなぁ』と思ってみていたのだが、若干雰囲気が違う。
気になって実際にやってみたら、2枚の革(昆布)を重ねてひっくり返して整える、というものだった。

それで、一番初めのあの革ものが出来たという話。




重ねる、という風に書いたけれど、トリック編みも『編み』と付く以上編んでいるので、この革(昆布)も編むことになる。

難しいことはないが、見よう見まねで初めて行うことなので、初っ端から昆布で作る気になれなかった。
もし加減が分からないで失敗したら、食べるものだけにいけない。
食材を興味本位だけで遊んではいけない。


きちんとやり方を教わって、そういう食事の際に頂く人のための心遣いがあの形。

そういうふうに作る人でもなければ、ただやってみたいからというだけで失敗するかもしれないのに初めから食物で作るのはよくない。



こういうことで、革で調子を見てみた。
革はここから先、この形の向こう側があるので無駄遣いにはならない。

革でやってみて良かった。 改めて、この編まれた形は美しいのだと分かって、昆布で作ることにした。
昆布は自宅にあるものを使うので、色は黒々している。
もし褐色がかった昆布があるなら、そっちのほうが皿が明るく見えるだろう。


そして、昆布は編まれて、さきほどのような形になり、私のおやつになるために揚げ昆布となった。
揚がった状態は、色こそ黒くて(これは私のせい)どうとも言えないが、とても食感が軽くて一枚の揚げ昆布をかじるよりも美味しく思えた。


きっとこういう一手間で、頂く人への思いやりと、頂く食材になったものへの感謝が籠められているんだろう。



編んであるというだけのことかも知れないが、こういうところにも『編む』という思いつきはあるんだな、と感動した。
革や蔓もの・植物素材や毛糸等の範囲だという先入観があったけど、そんなはずもない。
使うものは耐久度や装飾としての意味を持って編まれているが、食材は異なる意味で編まれている。

編んである形の美しさというのは、手間が成せる業だ。
その手間というのは、どこの分野であっても、誰か、相手を思っての心配りに感じた。










※おやつになった編んだ昆布と+揚げ桜海老です。
 揚げた温度が高かったんですね~・・・ 海苔の様です
 だけど上手に揚げる人が揚げたら、きっととっても素敵な昆布になると思いました。
  
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comment

Kinu
美しいかたちですね。
まるでなにかの儀式で使われるような。
結び昆布や長方形のコンニャクに
たての切れ目をいれて何度かねじると
面白い形になるのですが、
この昆布のかたちは初めて見ました。
私ももしこの昆布を何かでみたら
きっとしばらく見つめてしまうと思います。
そこまではEaさんと同じです。
Eaさんと異なるのは、
多分私にはどんなことしても再現できないだろう、と。

マジックです。

きっと手にとっていろんな角度から見ても
どうなってるのかわからないと思います。

手間をかける。
今この意味をちょっと思いました。
検索も、辞書もひかずこの意味を考えてみたのですが、
時間をかけて手作業をする・・でしょうか。
出来るだけ簡単に早くできる料理が
求められる昨今ですが、
レトルトもインスタントも食材も
いまのようになかった時代は、
それこそ手間かけて食事の用意をしたのですね。
逆になんとなく豊かさを感じます。

いいかたちに出会えました。
2010.01.06 01:13
ea
Kinuさん、
見た感じ、これは難しそうですよね。
でも、直感が言ったことを大切にすると、その後はわりと楽です。
この昆布細工は、名を蛇腹昆布というようです。
蛇腹昆布はお寺さんの料理で使われていると知りました。
そして、お寺さんのこの美しい昆布が、他のところでも用いられるようになっているみたい。
お祝いの席やおもてなしの時に使っている場面がありました。

私は本で見たのですが、(カトリックのくせに)禅寺の思想を読んでいたんです
そこに料理が幾つも載っていて、その中にあった蛇腹昆布。
初めてお会いした形にしげしげと目を皿にしました。
『綺麗な形だなぁ』という言葉が最初です
よーく見て、何だか知っている気がしたんですね。
それで私も手綱コンニャクを思い出しました。
あの要領だと分かって、そのあとちょっと考えました。

これはヒントがないと気が付きにくいと思います
そのヒントは「1・二枚の昆布で作った・・・」
「2・そのままでは決して離れない」
でした。
この二つのヒントが書いてあったので、それを守って作ろうと思ったんです。


ヒントにある2枚の昆布(革でしたが)に両端1cm残して切れ目を作りました。
※切れ目は縦に均等に、4~5本くらいです。

その2枚を横に並べて中央に隣り合う部分を重ねました。
どちらが最初でもいいのですが、右に置いた昆布の一番左端一本の上に、
左に置いた昆布の一番右端一本を乗せるとします。

すると次に重ねるのは右側昆布の左から二本目です。
その次は交互ですから左側昆布の右から二本目。
これを繰り返すのです。

全部を合わせたら、その時二枚の昆布の重なりの真ん中部分に空洞が出来ています。
丁度、「<」と「>」を重ねた時のような形です。
重ねると、真ん中が空洞になっていますね。

その空洞部分に、手綱コンニャクの要領で上部か下部、どちらかの片端を入れてひっくり返します。

これがおわるとほぼ完成です。
完成にするには、ねじれた本体の半分を革で撮った写真のように整える必要があります。
整える、というだけですから、これ以上ひっくり返したりはしません。
写真の形をよく見ながら、ならしていく感じです。

昆布は強い繊維です。
ひっくり返しても千切れたりはしないので、こうした細工物には向いているのですね


手間を惜しむというのは時間が足りないという意味です。
いろんな意味を含んでいますね。
本当に時間がないのか、そこまでしたくないのか、それ以上に必要なことがあるのか・・・

ですが、時間は今も昔も同じで、足りないのは生きることへの思いやりです。
何もかも詰め込むことが幸せかどうか。
何もかもリズミカルに思い通りに運ぶ日常が充実なのかどうか。
自分でよいとチョイスしたものを全て自分に投影することが自分の証に相応するかどうか。

人は一人ではないのです。
手間と思いやり。これは愛情ですね
私も、良いものを見て、良いことを学びました。
2010.01.06 09:51

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