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牛の絵

.09 2010 未分類 comment(4) trackback(0)






この前は鹿続きだった気がする。
今回は牛続き。
明日も牛なのか・・・


描き始める時は鉛筆で仕上げようと思っていたのに、途中で絵の具を塗りたくなった。
正確に言うと、色を見たくなった。

とっても素敵な写真を見つけて、その素敵な写真をじっと見ていると意識が遠のいていく。
私はちょっと変なのだろう。
その小さな写真を見つめていると、どうしても絵に描きたくなった。
それで鉛筆画にしようと思って鉛筆を用意したのに。
結局、初めの数分で鉛筆の役目は終了して、絵の具を持ち出してこうなった。



この牛は昨日の牛。
今はもういない、絶滅してしまった牛。

それを思い出すと、途端に悲しくなる。










筆を使ったのは最後だけで、体の色は手で塗った。
絵の具のついた指で紙に擦り込むように塗りこんでいく。
私はこうした絵の描き方のほうが性にあっている。
たぶん筆を使うのは下手なんだ。

水彩画では筆を使うけど。
パステルやアクリルは手で描いているほうがのめり込む。
やっぱり筆が苦手なんだろ、という結論。



あまり絵の具は使いたくない。
沢山の色を使うというのは、丁寧に調整した絵。

私の描く絵は・・・

とてもじゃないけどそうは言えない。
丁寧に描く絵も好きだけど、私は衝動的に描き続けるほうが良い。
衝動にストップをかけながら描くのは水を差すのと変わらない。
色が一瞬、そこに見えたときに、その色を追いかけながらどんどん塗っていくほうが衝動を絵に移せて楽しい。

そのために、絵の具は大まかな色だけあれば迷わないで済む。



この牛は、黒と茶色が主体。それで赤と黄色と緑。
絵の具のチューブにある正しい色の名前は別に記すこともない。
それはあまり大きな問題にならない。

色なんて印象で選べばいい。

実物そっくりにする必要もない。
それが自分の見たいものを描くという意味だ。

私は、大きくて、強くて、逞しく、圧倒感がある、そして静かな息づかいの野牛を描きたかった。




今日は、頭の中は草原。




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comment

Kinu
eaさんは深い夢の中。
こちらは風花の舞う寒い土曜の朝です。
もう2回野鳥に餌をあげました。
多分庭の動きを察するのか
どんどん数が多くなっているような気がします。
水も少し経つとすぐ凍ってしまうので
定期的にお湯の補給をしています。
あと数日この寒波は続くようです。

野牛、野性味、逞しさ、寡黙さが
とてもよく出ていると思います。
顔のアップをありがとうございました。
目に惹かれました。
私は絵の心得は全くありませんが、
どんなに上手に描いても
目をいれるときにその生き物が決まるのでは、と。
そんなことを思いました。

それと一筆書きの一筆の勢いは一発勝負。
丁寧になんどもなぞるように描くへも
美しく、繊細で素晴らしいですが、
さっと一筆で一気に描かれた線のほうに
私はもっと惹かれます。
角の筆の運びになんともいえない
気迫を感じています。

指で描くということ、
私ももし描くことをするときは
指を使って描いてみたい気がします。
前から思っているのですが、
指の感覚というのはとっても深く
私はできれば指で食べたいと常に思います。
サラダはもうすでに指で食べることが多いです。

なんだか話がどんどん飛んでしまいますが、
思いが出てくるのでそのまま続けさせてください。
このところ夜あることをしながら思うことが・・
寝る前に足にクリームをつける儀式に
このところ凝っているのです。
顔や手は結構自然に手入れしますが、
足はその労働の割りに手入れがされていないな、と。
それで丁寧にクリームをつけてよくマッサージすることに。

そのときまた思ったのですが、
皮膚は全部つながっているのに
何故顔、手、足専用のクリームとなるのか。
何故顔のクリームが一番高価なのか・・と。
こういう発想が出てくるともう困ります。
特に夜にこういう発想が出てくると
睡眠に障害がでますから。
でもそんなことを思いながらも
ついああでもない、こうでもない、と
考えるのも楽しいものですね。

人間とはなんという矛盾に満ちた生き物・・・

冬の夜はついいろいろ物思いに耽りやすいのです。

よい夢を・・・
2010.01.10 01:29
ea
手で描くというのはとても初歩的だと思います。
手が汚れるから嫌だ、という人もいますが、
私はこの描きかたが一番性に合っているかもしれないです。
砂浜で砂に手で模様を付けるのと、紙に絵の具を乗せるのと変わらないんです。

手はいつも使うものです。
何度か人生の中で手を使えないことがありました。
深刻な症状ではなかったので今がありますが、
それも片手だけで随分と思い知らされて。
片手は使えるのに、もう片手が使えない。
それだけであっても日常の至る場面でてこずりました。
両手が使えないなら片手を極力器用に使おうと努力していました。

両ききのような行動はなかなかすぐに身にはつきません。
左手で出来ないことはハサミで紙を切るとか、そういったことでした。
箸を使うとか何かを洗うとか紐を結ぶとか、そういうことは意外と大丈夫でしたが、
力の調節やそういった微妙な作業は大変でした。
どこを取っても、手ではなくても、やはりとても悩まされます。
逆を考えれば、どこであっても様々な用途でこの体の日常を支えてくれています。
常によく動き、感覚を保ち、その感覚を身体が記憶してくれているというのは
とっても大きなことだと、よく思います。

どこにしても皮膚は敏感に機能してくれて、
危険を未然に防げる反応を備えてくれています。
足は一番危険にさらされている気がします。
いつでも別の面(床・土など)と接触しているわけです。
Kinuさんが足は労働のわりに手入れが・・・と仰るの、最もですね。
体のパーツとしては大きな面積を占める部分でもあります。
手と同様、人間にも動物にも、「移動する」という方法を与えてくれる足です。
大事にしてあげることはとっても良いことだと思いました。
顔のクリームが高価、というのは、顔の複雑な筋肉や細かい面積に対しての代価でしょうか。
とはいえ、私としては、顔に使うクリームが群を抜いて高価だと思えます。
上を見ればキリがありませんね。
それくらい、人は顔を重視していると思ったほうが良いのかもしれません。
私は顔にクリームさえ塗らないので、こんな無精者の言葉は相手にもされないでしょうが(笑)

Kinuさん、矛盾に満ちた人間という生き物に生を授かった私たち。
肉体という殻にはお世話になるより他ありません。
意識の矛盾は解決できます。
肉体の疲れや労働を、労わって理解して、大切にしていきましょうね

2010.01.10 10:22
Kinu
顔のクリームは高価と書きましたが、
私は高価な化粧品は使っていません、
というか、Eaさんと同じクリームは塗りません。
どちらかというと油性の皮膚で
一日に何度も洗顔し商品名を書くのもなんですが、
ノグゼマを使っています。
ノグゼマの質感と香りがとても好きです。
そして簡単なローションをひとふりするだけです。
(なんだか言い訳をしているようですね)

人間の身体は本当に凄いですね。
(全く突飛な文末となりました)
2010.01.10 10:54
ea
生き物の身体は本当に大したものだと思います。
人間の体一つとっても、皮膚一つ注目しても、やはり驚くことばかりです。
私の場合は顔のみならず、皮膚そのものにちょっとアレルギー的な症状が。
病気、と言い切っても良いかどうか分かりませんが、
健康な皮膚ではないというのは事実でして・・・
そのために化粧品も保湿クリームも使うに使えないんです。
私も言い訳ですね(笑)
2010.01.10 11:09

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