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風に嫁いだ娘 後編

.11 2010 未分類 comment(2) trackback(0)




さて、風の神に嫁いだ娘だったが、嫁いだ先でもせっせとよく働いた。

風の神の住まいは雲の上。広がる白い雲の上に、一軒のお屋敷がある。そこが娘の新しい家となる、風の神の屋敷だった。


しかし夢のような景色の感動も束の間。

なにせ風の神は朝が早く、日がとっぷり暮れてから戻って来る。

その上、真夜中にまで出かけるときもあり、とても忙しい。

そのため、釜戸の火は常に起こしてなければならず、腹をすかせて戻って来る風の神にお腹いっぱい食事を用意しなければいけなかった。

煮炊きにしろ掃除にしろ洗濯にしろ、ついで畑仕事はないものの、風の神が運んでくる食べ物を倉から出してくるだけでも一苦労。

初めのうちこそ、寝不足と目の回るような忙しさに振り回されていたが、時間が経つにつれ、娘は要領良く立ち回るようになれた。


そして、殆ど休みなく動き続ける風の神との結婚生活にも慣れ始めた頃。

朝一番で出かけていく風の神がある日、振り返ってこう言った。

「お前は嫁いでから毎日、本当によく世話してくれている。そろそろ慣れてきたかもしれないが、そうなれば今度は暇になるだろう。

退屈になっては良くないが、俺も仕事はしなければ戻れない。もしも退屈になってきたら、この雲の中を歩き回って散策するといい。

だが、一つ約束してくれ。どこへ行っても構わないが、雲の終わりに千切れかけた子雲がある。そこだけは危ないから行ってはならない」

風の神はそう言うと、「それじゃあ良い一日を」と声高らかに飛んでいった。



娘は家の仕事をして、昼過ぎに一息ついてお茶にした。

ふと今朝、夫に言われたことを思い出してぼんやりと表を眺めた。


言われて見れば、私がここに来てからどれくらいの月日が経ったのかしら。

風の神と私以外で、ここには誰もいない。いつも青空で、歩く場所は雲の上。

洗濯物は良く乾くし、雨には降られないし、寝床に虫が這うこともない。

食べ物は沢山あるし、畑仕事もない、申し分ない良いところだけど・・・

何となしに寂しくなった娘は、そんなことを思いながら気がつくと雲の上を歩き始めていた。

誰とも話せぬ雲の上。夫が戻らなければ一人ぼっちの自分。

雲の下は遥か彼方下で、飛び降りて皆の住む大地の上に降り立つことは叶わない。

物思いに耽りながらぼうっとして歩いていたが、いつしか広い雲の端まで来てしまった。


端のほうには沢山の千切れ雲が、川の中からのぞく渡り石のように点々とあった。

夫が注意していた子雲とはあれのことか、と娘は千切れ雲を見つめて思い出した。

でも、中にはまだ、この雲の庭と繋がっているものもあるし、ちょっとなら大丈夫かもと千切れ雲に乗ってみることにした。

娘が足を乗せて大丈夫そうだと判断すると、雲は途端にプツンと繋がっていた所が切れて、ふわりふわりと漂い始めた。


びっくりした娘は、落ちたら大変だと、辺りに飛び移れる雲がないかを見回したが、娘の乗った雲はあれよという間に雲の庭から遠ざかった。

泣いたところで時既に遅し。 娘はひとしきり泣くと、とりあえず自分がどこにいるのか雲の縁に掴まって下界を眺め渡した。

見たこともないほど、真っ青な海。時折魚のような大きな生き物が群れを成して飛びはねている。

しばらくすると、海は終わって島があり、深い緑色の木々の森に初めて聞く鳥の声が響いていた。

森を抜ければ沢山の小さな家が集まっていて、見たこともないような衣服を着た人々がお祭りのように騒いでいた。

大きな町に出たと思ったら、自分の育った家とは全く違う不思議な形をした建物が立ち並ぶ。

大きな草原に沢山の牛が走り、馬が走り、高い山脈の近くまで来た。

娘は目まぐるしく変わる景色に寂しさも心細さもすっかりなくなり、もっと見たくて胸躍るような嬉しさだった。


と、その時。ひゅーんと一陣の風が吹いてきて、あっという間に娘は風の神に抱えられていた。

風の神は驚いた顔で娘を見て、娘が何であんな遠くにいたのかを訊ねた。

娘はばつが悪そうに正直に起きた出来事を話し、家に戻ると、急いで食事を作り始めた。

風の神は心根の優しい性格で、娘の心情を察し、叱るのはやめておこうとそのことについてそれ以上問いたださなかった。


次の日、娘と朝食を済ませた風の神は、出かける間際に娘をちらっと見た。

娘は昨日のこともあるので、急いで頭を下げて目をそらした。

そして風の神が行ってしまうと、娘はちょっと落ち着かないように家事をこなし、早めに切り上げてまた庭の端まで出向いた。

風の神に救われなければ、自分はあのまま漂流していたかもしれない。もしかしたら落っこちてたかもしれないし、そう思えば千切れ雲に乗っていはいけない。

心の中に寂しさが勢いを増してつのっていくが、娘はとぼとぼと戻って家事を続けることにした。




しばらく経ったある日。 いつものように風の神が早朝から仕事に出かけた後、娘は日々の仕事をその日も始めた。

度々思い出される故郷のこと、年老いた両親のこと、毎日同じことを繰り返すだけの一人ぼっちの日々、

そうした思いが募り始めると、次第にあの千切れ雲に乗りたくなるのを、娘は出来るだけ忘れるようにしていた。

雲の上では季節もなく、木々が葉を茂らせることも紅葉することもない。寒くもなく、暑くもなく、ただ朝が昼になり夜が来てまた朝になる繰り返しだった。

今頃、親はどうしているのか。 里の皆は無事だろうか。

考え始めるときりがなくなり、居ても立っても居られなくなってしまった。


そしてとうとう、娘は千切れ雲にもう一度乗ろうと、強まる思いを胸に雲の端まで走り出した。

せめて一目だけでも両親を見ることが叶えば、と、息を切らして雲の端についた。

千切れ雲はその日もあった。

だけど今日の雲は少し大きい。これなら落ちる心配もない、夫には申し訳ないけれど、また見つかったら理由を話そうと考えて大きめの雲に飛び移った。



雲は娘の重みで、以前のときと同じようにプツンと大雲から切り離れて、ゆっくりゆっくり遠ざかった。

娘は雲に乗りながら、少し後ろめたさを思うものの、再び見えてきた空の下に心が弾んだ。

景色が幾つも変わり、いろんな野山や海や氷の島や火の島の上を飛び続けた。

そのうちに見覚えのある小さな島を通った。 島は近づいてくると更に見覚えのある川の流れや森の景色となり、

はっと気付くと高い山の頂に、小さな村里が見えてきた。紛れもなく、娘がかつての日に後にした故郷の里だった。


「ああ、お母さん!お父さん!」娘は雲から身を乗り出して里に叫んだ。

娘は何とかして雲を近づけようと雲を揺らしたり、身を乗り出したりしてみた。

ところが娘があまりに雲を揺らしてしまったので、雲は突然散り散りになってしまった。

あっと叫んだのも一瞬、娘は真っ逆さまに落ちていった。

これまでかと覚悟した時、ふわりと体が軽くなる。しっかりつぶった目をそっと開けると、そこには風の神の顔があった。

風の神は眉根を寄せて娘を見て、溜息をついた。

「お前を連れてきたのは間違いだった。お前は俺に嫁いだのに、こうして離れた家に戻ろうとする。俺が助けなければお前は死んでいただろう」

夫の悔しそうな声に、娘はわっと泣き出して今まで言えずにいた胸の内を語り始めた。

泣き声の娘の言い訳を黙って聞いていた風の神は、聞いているうちに娘が哀れに思えてきた。

そして娘が話し終えると、風の神は娘を見つめた。

「そうか。お前がずっと気にかけていたとは知らなかった。俺は風だが、お前は人間。お前の気持ちまで汲むことは適わなかった。

お前の胸の内はよく分かった。だが、一度嫁いだ身であるからには帰せるものでもない。

せめてお前の寂しさと親孝行な心に報いてやりたい。これからは、お前の気持ちが我慢できなくなる前に俺に言うといい。

俺はその時お前を雲に乗せて、山の頂にかけておいてやろう。そして時間が来たら迎えに行ってやろう」


風の神の優しい思いやりに、娘は再び泣いて何度も何度もお礼を言い、自分が勝手に家を出てきたことを反省して謝った。

二人は雲の家に帰り、娘はそれから寂しくなったり心配になったりすると夫に打ち明け、夫はそれを聞くと翌日に娘の乗る雲を用意して、

娘が気が済むまで故郷の里の側にいられるように雲を山の頂にくくってやった。

そして仕事の帰り道に、娘を迎えに行き、娘はまた元気を取り戻して風の神の良い妻として過ごした。



今でも、山の頂に時折平たくかかる雲が見える。

娘の乗った雲が山の頂に着いて、下方に広がるかつての地上を懐かしんでいる時に。

そして必ず、その雲が動き出す時は、強い風が吹くという。




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comment

Kinu
私はおとぎばなしがとても好きです(今でも)。

中学生時代は身体を動かすことばかりで
本を読むことは殆どありませんでした。
高校時代もなんだかんだと読書をした記憶がありません。

小学生時代はおとぎばなしに夢中でした。
お姫様もの(はちかずき姫?とか・・)、
小公女、小公子、秘密の花園とか
あまり幸せでない子供が
きちんと暮らしていると幸せになる物語。

多分小学生に読んだ本の内容は
強く私の中に人生観として残っているような気がします。
正しく、正直に生きることによって
人は幸せになれる、と。

Eaさんのこの物語「風に嫁いだ娘」、
ですから私はとても感動しました。
そして子供の頃に読んで感じたことに
多分人生経験が加わったのでしょうか、
心に深く響くものがありました。

風の神の心遣い、思いやりはありがたいものです。
どんなに辛い状況にあっても
こういう心遣いや思いやりが少しでも得られれば
なんとかやっていけるような気がします。

人を思いやる心の大切さ、
そしてその与えるものの大きさを
この物語を読んで改めて感じています。

よい物語に触れさせていただきました。
ありがとうございます。
2010.01.12 04:53
ea
うーん・・・
子供の頃に読んだ、とKinuさんが教えてくれた本。
とってもKinuさんらしい!とすぐに思いました
子供のときから、きちんと暮らしていると幸せになれる、
今のKinuさんはそのままなんですね。
きちんと正直に生きて、幸福に生きていらっしゃる。
何だかとっても感動しました。

私もお伽噺や物語を随分読み漁っていました。
だから、こんなに夢見がちに
やはり心に生き続けている教えのようなものがあります。
私の場合も、善い行いには善い救いがあり、悪い行いにはバチが当たる、と。
欲張らないこと、希望を捨てないこと、誠実に信じること。
それに、人の思惑を外れる運命の流れは必ず存在するということ。

この私が作ったお話。どこにでもありがちなのかもしれません。
それでも一つ、こうした話がまた生まれたことはちょっと嬉しいです。
そういえばKinuさんに似通うところがあります。
故郷は彼方、お嫁に行った場所で一生懸命そこに馴染む、という・・・
外国にお嫁に行くと、周囲には故郷の面影はありません。
そこで自分をどうやって生きていくか考えないといけないという。
でも確かに愛してくれる伴侶がいてくれたら、きっと頑張れますね
風の神様は、人間の心の中にある気持ちの揺れは気になりませんが、
自分の奥さんが心を悩ませていたと知れば、何とかしてあげようと。
思いやりは相手に心を寄せるから生まれてくるものです。
娘の親もまたそうでした。
そして娘も、常に誰かに思いやりを持っています。
だから逆に自分が背負い込んでしまったんですね。

笠雲のことをお話にしたかったのですが、不思議な流れで自然とこうなりました
長い話しなのですが、読んで頂けてとっても嬉しく思います
2010.01.12 17:47

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