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.16 2010 革の部屋 Leather comment(2) trackback(0)



あんまり使わない色、赤。でもハートを作ろうと思った今日は赤が必要。
それに、ここ数日で結構短い糸が溜まってしまった。

ハートを幾つか作ろうと考えたので、端糸も使える。

出来たハートは8個。








心が燻ぶっている時が最近は多い。

煙でも焚いているみたい。一体何がこんなに燻ぶっているのやら。
こういう時はこぞって、いちいち癇に障ることが増えるもの。

気付けば心はぐったりしていた。









人付き合いが上手な人は何かコツでもあるんだろうか。
それとも自分の操縦が上手いだけなのか。

なんであれ、たいしたものだ。
私は長年悩んではいるものの、その辺りに全く心得がないらしい。


極力減らした人付き合いでも、うっかりしているとひょんな所で流れ弾に当たる。
流れ弾を放った人は、当然それを流れ弾だなんて思ってやしない。そもそも弾を放った気もない。

よく思うことがある。
よく溜息に変わっていることがある。

しょっちゅう、なのかも。

それは、私の感覚は少しいかれているんじゃないかということ。





なんでこんなに凹みやすいのか。なんでこんなに気にしやすいのか。なんで、なんで、なんで・・・

馬鹿みたいに「なんで」を繰り返す独り言。はっと気付いて口を閉じる。


悩む時の相手は私のことなんて殆ど知らない場合が多い、とか、付き合いが長いというだけ、とか。
そんなの知っているのに、「どうしてこの人は未だに分かんないのかな」と思う瞬間が疲れを招く。
こんなことを思うほう(私)がどうかしてる。
相手は私のために生きているわけじゃないんだから、別に私のために言葉を選んだりなんかしない。


相手に期待をしない、という方法を随分昔に学んだはず。
それなのに、いつまで経っても、面と向かう相手に理解を求めている気がする。

やれやれだ。 こういう自分に気が付くとき、大きな溜息が出る。



期待0の訓練なんて難しい。

どこかで、ちょっとしたことで、人は相手に期待を持っているものだろう。
多くの場合は、だいたいそれが原因になる人間関係。
期待をするから、損をした気分になったり、分かってもらえないと悲しんだり、自分の存在を委ねることさえ起こる。

そんなふうに陥らないようにするには、「自分」をしっかり見て、「自分」を自分で歩かせること。
他人に評価を求めず、他人の言葉を鵜呑みにせず、他人への過剰な心遣いをやめること。
「自分」という一人の存在が、常にいるということを先ずきちんと認めること。

こんなこと誰だって知ってる。
それでも私にはいまいち、馴染まないらしい。私だって頭の中では分かってるのに。





うまく対処できないと逃げたくなることもしばしば。でも逃げればいつかまた同じ部分でばったり対面してしまうもの。
逃げるわけに行かないから、痛みの流れ弾を単なる経験の一行くらいに受け入れないと。



ハートを作りたくなったのは、あまりに心がぺしゃんこになったから。

自分の心を引っ張り出してみれば、何これ?と思うくらいぺったんこの座布団みたいだった。
色あせた、ぺたんこの座布団。みたいな、心。


情けないやら空しいやら。



幻覚でいいから、温かい沢山の「心」を見たくなった。

で、今日はハート。







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comment

Kinu
Eaさん、わたしも同じようなこと思うことがあります。
人付き合い、結構問題なくできるタイプだと思っていたのですが、
このごろそうでもなかったんだ、と
思うようになってきました。
多分これは自分の生活環境が影響してくるような気がします。

つまり健康で、どうにもならない悩みがない時と、
どうにもならない悩みや問題を抱えている時は
やはり対外的な心の持ち方が変わると思います。

本来こうであるべきだ、とか
こう考えるべきだという思いは存在するので
「そうあるべきだ」と思う気持ちと
実際の気持ちのくいちがいに心を悩ませます。

そうですね、どうしても相手に期待してしまいますね。
例えば相手に何か言葉を求めるときに
返ってくる言葉をある程度期待してしまう。
それで自分の期待に反した言葉が返ってきたとき
がっかりしたり、驚いたり、憤りを感じたり、
むなしさを感じたりすることがあります。

期待はあくまでも想像。
そう思っても相手が人であるときは
自分が相手に対しそう思っていることが
そうでなかったりすると
やはり悲しい気持ちになるものです。

難しいですね、人の気持ちを理解することは。

私は何故かギャラリーや小物の並ぶお店で、
ハートの形をしたものにすぐ目がいきます。
実際家の中にかなりハートの小物があります。
ハートの形ってみていると心が和むものですね。
ですから、ハートの形を作っているあいだの
Eaさんはきっと暖かな気持ちになったのでは、
と思ったりしています。

いろいろな形のハート、
ふっくらふくらんで
みんな幸せな表情をしています。

土曜日の朝、
たくさんのかわいいハートを拝見して
とてもよい気分になりました。
今日一日、この気持ちをもって過ごしたいと思います。
2010.01.17 01:22
ea

ハートは殆ど持っていない私。
ちょっと語弊がありますね、ハートの形のものを持っていない、という意味です。
どうしてでしょうね。きっと照れくさいのでしょうね。
そんな自分がいきなりハートを作ろうとしたのには少し変な感じがしました。
でも作れてよかった、と思います。
出来上がった沢山のハートを見たら、何となく笑顔になれたんです。
笑顔のためのアイテムは幾つか持っているのですが、
一つに「Smile」の文字で作られた壁掛けがあり、
それには随分救われています。
私は笑うということも、楽しいということもごく最近知ったんです。

温かい心、という意味がよく分かっていなかった名残。
そういうものに足を引っ張られて、今回のように度々長期の疲れを招いています。
でも常によぎるのは、私は人にどれだけ言えるのやら、という・・・
他の人に疲れを感じる私は、一体どれくらい他の人を疲れさせているか。
そう考えると溜息が溜息を呼んでぐったりです。

温かい心は、いつでも無理して作るものじゃないですね。
だけど自分だけ温かいつもりであってもならない。
小さなハートを手の平に乗せて、本当にかわいいなぁ、と思ったとき。
「可愛いのが出来たから良かった」と言葉になったら、
それを聞いているハート達は温かい気持ちになれるのかもしれません。

常に心を寄せて、思いやりをもつとか、その相手をちゃんと見る、ということが、
自然に温もりを生むのかなぁと思っていました。
Kinuさんの思いやりにも、しょっちゅう温めて頂いています。
2010.01.17 18:20

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