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強さ

.29 2008 一人芝居の部屋 comment(0) trackback(0)

原始的な強さ、と聞くと人はどうイメージが膨らむのだろう。
私の中では言葉にしにくいイメージで『原始的』の形がある。

形にしていくと誤解されかねないな、と手を止めるときがある。
大体イラストに起こしている時にそう感じるのだが、作っている最中に「・・・」と思うときもある。
手が、技術がというべきか、ほとんど使われないからだ。
イメージを形にしたくても、手抜きに思われてしまうのでは言い訳が必要の作品になってしまう。別に手抜きのつもりではないのだが、見慣れている他の一般的な皮革製品には当たり前に丁寧な仕事の後があるわけだから、どうしても手抜き作業に捉えられてしまう。

原始的という枠は想像で掴むものではないと私は思う。
人は生活が伴わなければ自然の生き物で、他の何にもなれないからだ。
生活形態が原始的から離れているだけで、今ある生活から生まれたものを全て取り去れば、瞬く間に原始的な装いの風体になる。

便利なものが何もない場所で、特にサバイバルのレッスンもない人が突然「さあ、生きて戻っておいで」と置き去りにされたら。
私の昔話に似たようなことがある。
何の因果か、遠い極寒の国の端っこに置いてきぼりにされた。幸いシーズンが冬ではなかった為に死は免れたが、言葉も通じなければ・・言葉が必要ない森の中だったが、とにかく生きている状態で森を出るというのが難問だった。
服は汚れ、荷物は特にない。食べ物がたわわにあるような場所でもない。獣の声が聞こえて、夜も怖かったし、昼だって怖かった。
水一滴飲むのでさえ悩む。腹も減る。
食べれると思うものを恐る恐るかじるとか、獣の食べ残しがあるものを見つけて悪臭より先に、自分が食べれる部位を剥ぎ取って火を起こして食べた。

有難いことに私は助けてもらえたからその生活は一週間程度だったと思うが、そういう状態が『原始的』ななぞりと私は思った。

原始的なものというのは強さがこもる。その強さは決しておおざっぱな事を言うのではない。強さは余計なことを必要としない、一つ一つに一番要になる要素が具現化された状態を言うのではないのか。

便利ではない、不便というのでもない。そういった話ではなく。
物がどうして在るのか、その意味が物を包んで見えるときが『原始的』の現れだと思いながらそこを守って作る、私のイメージ。

良く伝わるように、一貫して努力を通す。
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