スポンサーサイト

.-- -- スポンサー広告 comment(-) trackback(-)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

考える男の人の話

.07 2010 一人芝居の部屋 comment(6) trackback(-)
6-ea3.jpg


(↑新しい主のもとに届いた「羽」。その方が写真に撮って下さったもので、
  本文とは関係ないのですが良い写真だったので載せました(^^)・・・)




今日はずーっと話を聞いている日だったと思う。
会話もあったけど、聞いているほうが時間は長かったかもしれない。

ものづくりとは無縁のテーマで、そして私の性分には合わないテーマで。

男性と女性の関わり方、思い方、何というべきか、つまり早い話が夫婦についてだった。



こうした話題は得意ではない。
にも拘らず、その手の話は人々の悩みの種になる割合が多く、肝心の相手には言えないことが問題でもある。

それで私は話を聞くことに。

でも意外と面白いことも知った。
男性の視点というのはやはり男性から聞くものだな、と納得することが多々あった。

会話の相手は男性だったのだけど、比較的大人しいタイプの人。
その人に、「女性は女性の特徴があって、男はいつでも困っている」と話を持ちかけられた。

私は女性らしいかどうか分からないが、参考になれば、と。


何かの記事で見たのだけど、グーグル検索で『夫』と入れた後に空白をつけると、
空恐ろしい言葉がずらっと並び、驚くことになる。
今日の話し相手もその記事を知って、『夫』の文字を検索したところ愕然としてしまったという。
それは「夫」の後に、「嫌い」とか「死んでほしい」とか「小遣い平均」とか、そうした言葉が続くからだ。

なるほど。モニターを見て私はうっかり笑ってしまったが、振り返ると彼は笑えていない。

ちょっと咳払いして、『妻』も見てみようよ、と検索したところ・・・
今度は私が愕然とした。
『妻』の続きには、「誕生日プレゼントランキング」とか「喜ぶ プレゼント」とか「記念日」とか。
私は何も悪くないのだが、何とも居心地の悪い空気が漂う。


彼はこの差についてやり切れないようで、
「嫌なものも我慢して働いている間に、妻が家で夫の悪いものを検索していると思うと悲しくなる」と言った。

そりゃそうだ、と私は答えた。
そしてそれ以上は言葉が出てこなくて、ちょっと黙った。

彼は続けて言う。
この二つの検索を見ても、世の男性は女性に随分気を遣っていると分かるでしょう?と。
でも女性側からの検索には『プレゼント』の一言どころか、「死ね」だ「小遣い」だ「嫌い」だと連続している。
妻を褒めると勘ぐられ、褒めなければ嫌われる。
一緒にいると煙たがられ、休日留守にすると責められる。
はっきりものを言うと『自分勝手で男性優位』な主張だとされ、黙っていると『逃げている』と言われる。
皆が皆そうではないと思うが、検索の言葉に思い当たる節がある。

不真面目な人もいるけど、真面目に頑張っている男性にとっては、なぜそうされるのか分からない、とくくった。


なんて難しい話を出すんだ、この人は。 と、心の中で溜息。
どう答えても納得できる答えなど私に言えるわけがない。

一緒になった夫婦が仲違いするか死ぬまで幸福か、それはどちらかしかないのだ。

幸福な夫婦の存在が稀なのは私だって分かっている。
お互いを尊敬できるかどうか、大切にしたいと思えるかどうか、それが自ずと湧き出るから幸福でいられるのだ。

でももし、片方がそう思わなかったら。
もう片方は砂漠の砂に水を掘るような苦労をすることだろう。


今迄女性の話でそういう話を聞くことが多かったが、男性から聞くとそれもそれで気の毒だと思った。
そして、男性の場合は、真面目な男性であるほうが女性ウケする思考を持ち合わせないらしいことも分かった。

何となく納得してしまった。
女性ウケする男性だったら不真面目になる可能性は高そうだし、
それがない男性なら真面目である可能性は大きい。

無口で、思ったことを何でもかんでも言うような性質ではなく、プレゼントも得意ではなく、
うまい言葉で返す方法も考えつかない男性なら、確かに苦労する気がした。


今日話していた男性はまさにそうした人で、「俺はどうすればいいのだろう」と凄いジェスチャーで訴えた。
女性はどうしてほしいのだろう、と訊いてくる。

そうさねぇ・・・・・と私も考える。


大体の女の人は、女の人側の意見を言う。
でもその意見は、女性への理解を深めるに当たっては良いかもしれないけど、多分解決策にはなっていない。
どうしたって男性が努力や我慢を増やすことのほうが提案されるものだ。
でも真面目に生きている自分がなぜそんな妙な気遣いや機嫌伺いを立てなきゃいけないのだ、と男性は不満が残る。

何をしても喜ばない、何もしなくても(?)喜ばない、ならどうすれば仲良くしていけるのだ、という質問。



私が答えられることは大した手伝いになりそうな気がしない、と前置きをして。

女性とか男性とか意識しても仕方ない気がするが、あくまでそういう流れで続けるなら、
もしかすると思っているよりも単純なことで済むのかも知れない、と私は話した。

女性に限らないとは思うけど、女性特有の習性があるとしたらそれは『恐がり』というものかも。
意味は、「自分が大切にされているかどうかと気にする行動」にあると思う。
自分の変化に相手が気がつくとか、思いやりのある時間を提供してもらえるかどうかとか。
大切にされていないと知ることは『恐い』ことなのだ。
その『恐さ』を知ってしまうと、それに支配されたくないから相手を嫌うことで自分を守ろうとする。


例えばどんなことで大切にされていると思うの?と訊くよりも、見ていれば分かることのほうが多い。

見る時間がないと言うならそれ以上は言わない。
でも休日や時間のあるときに、奥さんを観察してみると良い。

つまらなそうにしているのはどんな時間か。
嬉しそうな顔をしている時はどんな時か。
何を見て溜息をつくのか。
何をして愚痴を言うのか。

それらを細かくチェックして全部に対処しろなんていわないけど、ヒントは得られると思う。

無理やり一緒にいるだけでそれぞれ好き勝手なことをしていても仲良しにはならないかもしれないけど、
お互いをよく知り合って尊重しあう人たちなら、別のことをしていても仲良しのままでいられるのはなぜだろうか。

女の人は、ほんの少しのことでも気持ちが明るくなれるものだと思う。
逆にその『ほんの少し』が全然なくなってしまったら、それで自分への評価を判断してしまうこともあるよ、と・・・





こんな話しが延々と数時間にも及んだ今日。

あれこれ話は飛んだけど、結局のところ解決策なんか見つかったのだろうかとすっきりしないでいる。
私は女の人と男の人という違いで物事を結論付けるのは苦手なのだけど、
やっぱり何かそういった異なりで擦れ違い続けるのだろうか。

人と人、ではなくて・・・ 

難しいなぁ。





スポンサーサイト

comment

ea
今ごろ熟睡に入った時分でしょうか・・・・・
ゆっくり休めていますように。

貝にならないKinuさん、それはそれでアメリカらしい(?)感じです。
アメリカ人の言い合いの場面、印象が強いのです。
映画やドラマ、また近所のアメリカ人夫婦を見ていると、
『気合の入った言い合いだな~』と感心します。
はっきり言うし、怒っているときでも突然謝ったり、笑ったりする。
皆がそうではないのでしょうが、印象はざっくばらんな分かりやすい言い合いです(笑)。

Kinuさんにラッコになられたら、さぞおっかないでしょうね。
普段ははつらつとして前向きな方だけに・・・
私もきっとびっくりします。それにラッコに睨まれたウニの状態です。
とりあえず退散すると思います。

どうぞ良い眠りについていますように(^^)
2010.05.08 15:06
Kinu
Eaさん、寝る前にもう一度お邪魔してしまいました。
そして笑ってしまいました。
ラッコのところで。
ラッコといえば水面に仰向けになって
貝をおなかにおいて石かなにかで
ガンガンと貝を叩いて割って食べる。
可愛い仕種ですが、
あの貝を叩く様子は結構迫力ありますね。

私は貝になると申しましたが、
貝にならないときも時にあります。
でも貝になる時のほうが多いので
貝にならないときは
相手がびっくりして効果があります。

このテーマは本当に話が尽きません。

興奮して眠れなくなるかもしれませんね。

おやすみなさい。
2010.05.08 13:30
ea
二度のお越し、ありがとうございます。

私も今はお昼の用意をしながらあれこれ考えていたところでした。
コルカノンを作っているだけでしたから、
部屋に戻ってKinuさんのコメントを見てちょっと嬉しかったです。

Kinuさんのご両親の話を伺うたびに、良いご両親であったのだと思うのです。
その後姿を見ながら育たれたKinuさんもまた、良い姿勢で結婚生活を送られていると。


> はい、私も貝になることがあります。

あ~・・・と思いました(笑)。 貝になるKinuさん、想像がつきます。
お母さんのほうがお父さんよりも一枚上手なのですね。

そしてKinuさんも、貝になるタイミングがつかめてからは貝になるという。
そうですよね、言葉が違うのですものね、Kinuさんの場合。
話す言語が異なるから、言い合うのも大変ですね。

私も随分昔に外国人とのやりとりで本当にどうしたものかと悩んだことが・・・
起こっているとか悲しんでいるとか、事情の説明が出来ないことには始まらない。
押し黙るのも分が悪いし、かといって日本語じゃ通じなくて。

それを結婚生活に経験しているKinuさんはきっと想像を超える大変さだったのだと思います。
それでも対等に言い合える状態になって、

> なんだか嬉しくなった思い出があります。

分かる気がします。 きっとこれもまた、想像を超える嬉しい実感だったのですよね。

同じ日本語を話していても、日本語が通じていない相手もいます。
悲しいけど、どう話してもどれほど噛み砕いても通じない。
そんな相手がまして伴侶になっていたら、それはかなりの苦労です。
私は言い合いのときに遠慮をしない性質なのです。
思慮はしますが、遠慮をする気はないのです。
そのため、貝どころかラッコになっている自分がいます。

衝突は避けたいですが、衝突できない沈黙は経験を積んだ間柄でないと
理解への通路を作れません。
私はまだ貝になるには未熟すぎます(笑)。

Kinuさんは真珠を抱えたしっかりした貝です。
それは素晴らしいことです。 妻としても、その妻を持ったご主人としても。

2010.05.08 13:15
Kinu
再びまた思うところがあって・・・

夫婦というとまず両親のことが思い浮かびます。
2人とも大正生まれ、
時代は大きく変わっていますから
参考にはならないかもしれません。

もちろんお見合いでした。
お見合いといっても会食やデートがあったわけでもなく、
母の実家に父がやってきて
母がお茶を出してちょっと会うくらいだったとか・・・
母は結婚したら何があってももう実家に戻れない、
という観念を頭に刻んだと言っていました。
幸い二人の相性はよかったようです。

中学生頃になると父と母の間の空気が
なんとなく感じられるようになりました。
母は今父に対してちょっと怒っているな、とか
父は今機嫌が悪い、とか。
大抵の場合母が正しいことが多いということも
分かってきました。
父は頑固で決して譲らないことを母も私も知っています。
そういうときは母は貝になります。
いつまででも母は貝になれます。
そうすると父はもう堪えられなくなって、
少しずつ母の機嫌を元にもどそうという仕種を始めます。

父とよく性格の似た夫へ対応する自分の中に
母の姿が重なります。
はい、私も貝になることがあります。

でも時に貝になれないこともありました。
国籍の異なる男性が夫となり
結婚当初は喧嘩するにも言葉が出てこなかったり、
意味が通じなかったりと、
いつも体勢が悪かったのですが、
年月が経つにつれ同じ立場で言い合いができたとき、
怒っているにもかかわらず
なんだか嬉しくなった思い出があります。

このテーマになると
いろんなことが浮かんできてしまいます。
長々と失礼いたしました。

2010.05.08 12:40
ea
Kinuさん、そうです、とても難しいテーマでした。
私に答えられるはずもない難題です。

> 夫婦のかたちは夫婦の数だけあるのでしょう。

私もそうだと思います。だからそれぞれにある要素が重要です。
でもそこに理由をつけてまとめるのは大変です。
男性だから・女性だから、という理由は全てに関わる基本にはなれない気がします。

> でも見たり聞いたりする夫婦像はあくまでも架空のもの。
> でも見たり聞いたりしながら理想の夫婦像が生まれる。
> 理想の夫婦像を夢見ての結婚は実際とは全く異なるもの。

これが問題を生むのでしょうか・・・
昨日話した人は理想を作らないで相手の長所を良しとする人でしたが、
相手はそういう目で彼を見ていなかったようです。
相手は理想の形が大きいようで、そこに彼が当てはまらないということが問題のようです。
他者の理想に計られているとは気の毒です。

> 私が大切だと思うのは互いの尊敬と信頼。
> そして或る程度価値観が一致すること。
> これがある限り「人生のパートナー」として
> やっていけると思うのです。

同感します。 
尊敬のない相手とはどうやっても距離が開くものです。
信頼の出来ない人と一生を共にするなんて無理があります。
価値観の相違についても同じことだと私も思います。
非常に大切な部分です、だって毎日一緒なんですもの。

合わせる必要を生むほどの何かがある相手なのか、
それとも合わないと知っていてそれを楽しむつもりなのか。
けれど、どちらも快い生活をするには難しい理由だと思うのです。

>書いているうちに何が言いたいのか
>分からなくなってきてしまいました・・・

私も何が言いたいのか分からなくなってしまった話です・・・

> もうひとつ大切なこと、
> それはコミュニケーションがとれること。

これも非常に大切なことです。
昨日の話し相手はコミュニケーションが0という話で。
話しが続かないことや会話が切り出せないことが積もり積もって、
どんどん居心地が悪くなっていくのですね。

誰が相手でも同じだと思うのですが、夫婦となると生活がかかっています。
深刻さは人生の一大事です。

> 夫婦とは二人で井戸を掘ることだ、と。

二人で一つの大変な作業を続けること。
その意味が覚悟できていないと、いろいろ悲しいことに繋がってしまう。
本当ですね。井戸を掘る・・・


> 万国共通の難しいテーマだと思います。

はい。答えが一個人で出せるようなテーマなどではありません。
私にはあまりにも難しい話題でした。
2010.05.08 12:38
Kinu
すごく難しいテーマですね。
夫婦のかたちは夫婦の数だけあるのでしょう。

親の異なる二人の人間が夫婦になって一緒に暮らす。
そして大概の場合この二人が親になって
その子供がまた大人になって誰かと夫婦になる。
それの繰り返しで今生きている人たちが存在する・・・
(夫婦にならなくても子供は生まれますが・・)
こう書くとなんだかとても単純な響きとなりますが、
人間が生まれ成長する過程は夫婦(親)と
大きな関わりあいがあると思うのです。

子供がまず知る夫婦というモデルは育ての親。
そして成長しながらいろいろな夫婦像に触れていく。
(テレビ、映画、本、様々な媒体や友人知人たち)
でも見たり聞いたりする夫婦像はあくまでも架空のもの。
でも見たり聞いたりしながら理想の夫婦像が生まれる。
理想の夫婦像を夢見ての結婚は実際とは全く異なるもの。

結婚を思うとき、
まず男性観と女性観(2人)の相違、
育った家庭環境の相違、
価値観の相違、
年齢差、
時に国籍、文化の違いなどが関わってくる場合
結婚すること(夫婦になること)は難しいこと。

燃え上がった男女の愛はピークがあり
それから炎はどんどん小さくなっていく。
そして二人の間の愛は年月が経つにつれて
当初と違った愛の形になっていく。

二人の容貌も変わってくるし、
突然思いがけない事件が起きたりすることもある。
病気であったり、職を失ったり、
天災にあったり・・・

書いているうちに何が言いたいのか
分からなくなってきてしまいました・・・

私もよく夫婦って、と思うことがあります。
私が大切だと思うのは互いの尊敬と信頼。
そして或る程度価値観が一致すること。
これがある限り「人生のパートナー」として
やっていけると思うのです。

それと何かで読んだのですが、
夫婦とは二人で井戸を掘ることだ、と。
井戸を掘るって大変なことですよね。
長い年月何があっても2人でやっていける、
と思えるかどうか・・・
英語ではコミットメント。
2人でお互いにコミットできるかどうか、に
かかってくると思います。

もうひとつ大切なこと、
それはコミュニケーションがとれること。

結婚するって大変な決心を要すると思います。

なんだか自分に言い聞かせているような・・・

万国共通の難しいテーマだと思います。
2010.05.08 11:48

post comment

  • comment
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

ea

Author:ea
EA/ 絵描き・端革細工作者

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

最新記事

カテゴリ

HP・端革細工の回廊

Gremz

クリック募金

National Geographic

天気予報

天気時計

Amazon

日本語→英語

最新コメント

RSSリンクの表示

リンク

検索フォーム

月別アーカイブ

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。