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受け

.13 2009 一人芝居の部屋 comment(0) trackback(0)


何が人の『受け』に値するのか。いつも分からない。
この写真はいい例だ。先日から整理している去年のアクセサリーの写真を見ていてこの写真を見つけた。

この写真のアクセサリーは「分類・ブレスレット」だ。
確か、『こんなのでもアリですか?』とショップの人に置いてもらえるかどうかを確認したときのものだ。
ショップの人は『アリです』と返事をくれたのだ。そしてその言葉どおり、このアクセサリーは送った初日に売れた。

『こんなのでも~』と訊いたのは、私にとって良くても、人から見たらただの革の紐にしか映らないかも知れないとためらったからだ。
私にとってはちっとも『こんなの』ではないけれど、売る側の人はすごい手抜きに思うかもしれない。だから質問したのだった。

ビックリするくらい手の込んだものもあるし、機械じみた正確な作業で作られたものもある世の中の品々。
でも、人の価値観は一様ではない。真逆のものでも売れると言えば売れる。売りにくいとは思うけれど、マニアックというほどでもない反応がある。
何が受けているのか、作り手には見えない。作り手は試行錯誤するものだけれど、基本的にはその人自信が現れるのが作品だから。
例え、受け狙いのものを制作しても、延々と受けているものでもない。だから結局は作り手の『良い』と思えるものを作り続けることになるのだ。
買う側の人は数多くのタイプのものから自分向きのものを選ぶ。その一種類に多くの人が「自分向き」と思えば思うほど、それこそがその時の『受け』なのだろう。

表面に剥がれた痕のある革を巻きつけるだけのブレスレット。
それを『良い』と思ったのは一個人の趣味なのか、たまたまなのか、それとも何となく静かなブーム的なものだったのか。
その後、同じようなものが続けて売れたのだが、気温が下がって季節が変わる頃になると全く別のものが『良い』という反応で表れた。

『人に売って稼ぐ』のかもしれないけれど、どうにもその『受け』を見つけ出せない、受けの流れを好まない、私には、これから先も『受け』を作るのは難しいかも。

多少は、売るための協力者のやりやすさを考慮しないとならないのだろうけれど、未だにその部分に立ち止まってしまう。

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