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真っ白

.20 2009 革の部屋 Leather comment(0) trackback(0)

度々、色の話題に触れていたけれど、白い色も不思議な効果があるふうに見える。
これだけ白いとあまり好きになれない。でも、他の人から見える『真っ白』は。 私とは逆で、好印象みたい。真っ白であることは、殊の外美しく綺麗であるよう。

白い、白い色。
写真で写すと光ってしまう。光の加減を気にして写さないと見えやしない。
純白という混じりけのない白さは、光に溶けるように目を眩ます。

私のところに訪ねてくる人が「真っ白って、そういえばあまり見ませんね」と話した。私の作品を扱ってくれるお店の人も同じようなことを言っていた。「白は綺麗。『白い』は、本当に良く見えます。でもあまりないね。」という。この人は世にある多くの文化の品々を見てきた人で、豊かで柔軟な感性と抜きん出た『色』へのビジョンを蓄えている。その人が「真っ白」という物があまりない、という理由は。
そんなことないよ、と思う人は沢山いるだろう。これだけを聞いていれば私もそう思う。キッチンにホーローのヤカンや鍋があれば真っ白だし、食器や、衣服、日用品、様々な真っ白けが溢れているんだから。でも、この話には焦点が絞られて共通している対象があるのだ。『真っ白』だけが使われにくい対象。それは、部族的なものだ。

大雑把な言葉の使い方をして申し訳ないが、入りやすい単語だろうと思う。『部族』と聞くと、多くの日本人は世界各地域の先住民族を思い浮かべるのではないか。先住民族の人たちの作るものに、真っ白に塗られたものや真っ白が殆どを占める作品は少ない。他の色と合わせることや、他の色を目立たせる土台となる使い方はされているのだが、その色だけのものが目立ってある訳ではない。
真っ白が特別な色だからか、その意味が『聖なる立場』を示すからか。もちろん、家ごと真っ白に塗る地域もあるし、ヨーロッパ先住民族の築いた建築物や、他地域でのセレモニー等の伝統ある品々は真っ白であったり、と一概に言い切れないのだが。
だけど、純白の衣服や持ち物、飾りなど、身に付けるものが真っ白というのは、よほど特別な時間か立場的に区別がある場合でなければ、ない様に見える。

文化・宗教・産物の交流によって、誰でも自由に好きな色を選んで手に入れることが可能な場所に住んでいるとあまり感じないことなのだけれど、『部族的な』品物を幾つも連続で見る機会があると「あれ?」と立ち止まるのだ。
挿し色か土台の色、『純白』の使われ方をみる。それは、他の色がどれほど日常的で身近で、寄りかかりやすい色なのか、意味があるのか、はっきり表れている。
白は、白ければ白いほど、神々しくて人間的ではない色なのだろう。

部族的な風合いの作品で真っ白を前面に持ってくると言うのは、現代だからこそアリ、なのかもしれない。また、私が作品の特色文化の地に対して余所者だからあるだけなのかも。そういった眼差しの焦点から見た『真っ白』に、店主もお客さんも『白い色はあまり見ない』とこぼれたのではないか。


私が真っ白をあまり好きになれないのは、もしかすると混じりけのない綺麗さと距離のある自分がいるのが理由かしら。
そんなことを考えながら、この白いポーチをお店に渡しに行く鈍色の空の下。






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