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土玉

.28 2010 他素材の部屋 Other material comment(0) trackback(-)
soul2.jpg



今は無いものの写真だけど。

今はこの姿ではない、というだけのこと。
シュロの繊維をよった紐を編んで、土で出来た玉と、石の勾玉と角の玉を通した装身具。

完全に私の個人的な満足による、作品だと思う。
こんな写真が残っていたので少し机の前に立ち止まってモニターを見てしまった。
こういうのはもろに私が全開にならないと作らないものだから。

つまり、自分でも滅多にこういう思い切ったものを見ない。



何年前のだったか。

確か、土で土器を作ろうとしていたときだった気がする。
笑っちゃうかもしれないから、陶器や焼き物を手がけた人はここから読まないで(笑)。
私は縄文時代と同じ方法を調べ続けて、同じことを再現していた。

同じ状況に持っていくのは難しいけど出来ないことはない。
だってここは日本だから。

でも学者でもなければ、趣味で焼き物を勉強したことさえない。

私が目指していたのは、『縄文時代の』焼き物そのものだったから続けられたのだ。
縄文時代の焼き物は専門家なんかが作っているわけじゃない、普通に誰もが作るものだ。
だから何度も失敗して、何度も調べて、何度も縄文の土器の発掘現場に通った。



ヒスイや骨や角や貝などの硬度のあるものを装身具に使用していた時代。

土で出来たものもなかにはある。
耳に飾るもので、丁度耳そのものをすっかり見えなくさせる飾りがある。
指輪も勿論存在している。でも指にはめて使う装身具ではなかったようだけど。
ただやはり、土は生活色が濃い相手だったのかもしれない。





soul1.jpg



彩色は艶やかだったと言われている。
赤や黄色、黒や白い色、そういった強くはっきりとした色で土器を塗ったり飾り物を染めたりした。

赤などは今でも日本画で使われる辰砂を使うことがよくあった。
黄色い土を使うこともあるし、焼いた土の化学変化でもたらされた色を使用することもあった。

決して地味な時代でもなく、決して原始的なイメージのままというのでもない。


私は、そういう縄文の時代は、皆が豊かな感性をそれぞれ表現できたのではないかと思っている。

出来る人が仕事にするとか、そういったこともなく、皆が生活の一部として何かを作ることを素から知っていた。
それは素晴らしくて尊くて、そして大切なことだ。

誰かが上手く出来るからこれは誰それに任せる、とか、そうしたこともあったかもしれないけど。
でも誰でも出来た。誰であっても作ることを知っていたし、難しいことであっても日常の一環だったのだ。




ここには写真がなかったけど、私は土で笛も幾つか作った。
土笛だ。 オカリナとちょっと似ている音だけど、形は違う。

縄文は熾き火だったとされている野焼きの方法。
火だって、貴重な時代だ。延々と高温でなんか焼き続けるだけの燃料なんて勿体なくて出来ないだろう。
だから低温焼成で焼き締める、そんな素朴で身近な焼き物だった。

上手く出来たかどうか、それはただ使えるかどうかという初歩的な問いでしかない。

使える出来であれば、後は思うままに彩色して思うような使い道に日々使えばいいのだ。
しまっておくための物でもないし、上手く出来ないからと苛立って割るようなことなんてまずない。

もっと、普通の存在だった。





また土を探しに行こうかな、と写真を眺めながら思った。





soul2a.jpg
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