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否定的と肯定的の存在を受け取る

.30 2010 未分類 comment(0) trackback(-)
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暑い。 気温について感想を言い始めると夏も冬も同じ出だしになる。
ここまで蒸し暑いと感覚が「暑い」以外に機能しなくなってくる気がする。

人の集まる場所や建物の多い場所はどうしても暑い。
粘りつくような湿気混じりの空気の不快さは、やはり人工物のもたらすものなのだろう。
海の岩場や岸壁の下、始めのほうにいた森林の空気は湿度があってもしっとりしていた。

人里はなれて・・・ と寂しさを表現する言葉があるが、人里離れても寂しいだけじゃない、
心地よい生活を送る充実感のほうが魅力的だと私はつくづく思う。

引っ越せるものなら、今すぐにでも人里はなれた山奥に住み着きたいものだ。






(ここからすごく長いので、お暇のある人はどうぞ)

私はこの前、Rさんという男性との会話を書いたのだけど、
今日はSさんという男性の話を書こうと思った。

Sさんは70才近い男性で明るい人だ。

しかし、私はまだSさんと会話していない。
家に戻って落ち着いてから、初めてSさんと会って話すことになっているのだが、
私が今から書く内容は全部知人からの「Sさん像」である。


Sさんは一年間、浮浪者だったことがあるという。
去年の初夏から、今年の初夏までの一年間。

Sさんの実家は個人業者で生計を立てていた。
で、長男だったSさんは家業を継いだのだけど、時代についていけず倒産した。
Sさんが中年になってからの話である。
だからSさんは中年になってから、別の職種で働くことになったのだけど、
年齢と未経験で雇うところも少ないし、雇われ続けることも少ない切られていく年齢対象だったので
Sさんは何とか繋ぎながら生活していたとか。

途中、自身が60代になってから、お母さんの介護をした。
Sさんは、過去に一度数ヶ月だけ結婚生活があった以来独身だったので、
他の兄弟がお母さんの介護を嫌がって、独身のSさんが引き受けることになったのだという。
でも独身だから融通が利くかというと、それはそうではない。
当然Sさんは昼間のアルバイトをやめて、深夜間の仕分けのアルバイトをすることになり、
日中お母さんが起きている間はお母さんの世話をした。

Sさんはくたくたになりながら、Sさんをもう認識できないお母さんの世話を続けた。
その生活が4年間続いた後、お母さんは亡くなった。

お母さんの介護が必要な期間、Sさんは弟が買ったマンションにお母さんと住んでいた。
介護する以前のSさんのアパートではお母さんを引き取るのが無理だったからだ。
弟がマンションを使わせてくれた、という話だった。
で、お母さんが亡くなってからしばらくして、
弟は「自分は結婚するから(※弟も独身だっだらしい)出て行ってくれ」とSさんを追い出した。
その代わり、お金を何度かに分けて貸してくれるという、
Sさん曰く『親切な弟(そ~ぉ???)』の態度に、ホームレスになったSさんは食いつなげたと・・・

ホームレスになってからの生活はたくさん話しているという。
ここではその話は置いておいて。

知人がSさんと話して驚いているのは、彼がとっても前向きだからだ。
Sさんは現在、生活保護を受けながら暮らしている。
生活保護で借りることが出来た安いアパートの話を自慢げにするという。

「駅から近い、きれいなアパート、エアコンは当たり前に付いている、でもロフトが暑い」(笑)。

ホームレスになったときの大変な思い出と、感動した思い出も話す。
でも悲観のない内容で、ちょっとかわいそうな話でも独特のひょうきんな口調で笑っているらしい。

お母さんの介護の話も、数ヶ月で離婚せざるをえなかった僅かな結婚の時期も、
アルバイトでなかなか思うような収入がなかったときも、
Sさんはべらべら他人事のように皆に話すという。

まるで、自分の観てきた映画の感想をあたり構わず聞かせるみたいに。



こんなSさんの話を聞いて、私も聞いている側から大笑いした。
そしてしょっちゅう『すごいな、その人は』『前向きな人だなぁ!』と言わずにいられなかった。
話している側の知人も笑いながら頷いていた。

でももしこれが、起こった事実だけを書き留めた文書で読んだらどうだったか。
きっととても暗い悲しい話を読んでいる気がするだろう、と思った。
Sさん本人の感情や言葉が全く添えられていないなら、
Sさんの身の上話は深刻でネガティブなものに聞こえるだろう。

知人はSさんと私を会わせようと思ったらしく、それで会うという約束が出来たのだが、
こうしたSさんのような人間と会うのは非常に良い勉強になるだろうと楽しみになる。
Sさんのほうは、私に会うかどうかよりも、
知人の提案した場所『美味しい天丼屋』のほうが気になるらしいが(笑)。



私は今回、何日間かもう忘れたけど、少しの間一人で過ごしていた。

理由はこれといって大きなものがあるわけじゃなかった。
私の場合は、未消化物が沈殿して上澄みになる水の量が減ってくると未消化物を洗い流しにいくのだ。
エネルギーが未消化沈殿物に吸収されて、心淀むのを避けたいからだ。

それは誰のせいじゃないし、決定打の出来事があるわけじゃない。
変化に伴う洗浄を繰り返す、そういう自分との付き合い方の一つだ。

一番最初にすることは、自然の中で過ごすこと。
思いつくままに時間や天候に囚われないで、自然の時間と一緒にいること。
これが一番好き。 本当に気持ちが開放されていく。
思考も開放される。 問題だったものは縮んで点になり、渦巻いていた悲観は見る影もなくなる。
影の中さえ光がある、あの状態になるのだ。

しばらくこうした時間で日にちを過ごして、その後に人と話したり出会ったりする。


少し私の中にあった思いを書いておこう。

否定的なことを肯定的だと受け取る事が前向きなわけではない、と思う。
否定的なことは否定的なのだ。
それは肯定的なものが肯定的であることを求められるように、動かないものだと思う。

否定的と肯定的はどちらも対になって存在している。
否定的な出来事や思考は、その含有しているサインを見つけて成長するために必要なものだ。
だから否定的な要素に対して、変化を試みたり排除をしたりするのは、サインを無視することになる。

その否定的な存在を確認して、その訴えを言葉や絵に表して、そこにいる自分自身の反応の在り方を認める。
これが出来たら、そこで初めて『否定的な要素を前向きに受け取る』のだろう。


人生は本じゃない。
2時間のビデオでもない。

時として2時間のビデオは数十年になっているし、使わない時に本を閉じて忘れ去ることもない。

いつか体験したことを、十年二十年と経ってから、改めて体験することで先に見えた道に着くときがある。
すっかり忘れたことだって、もう一度片付けの機会がもたらされることがある。

これらは本の一行からもれているかもしれないし、ビデオの内容から省かれているかもしれない。

でも一秒一分、生きていることを体に備わった感覚で一つ一つ受け取ってみるなら
起こった全てはその人の時間に刻まれて確かな人生を作るのだ。
ちゃんと、体感して感動して、直感や実感を大切に、生きることを守りたい。


何度も行ったり戻ったりしながら私の人生はおぼつかない足取りで進んでいる。
その途上で、様々な人に出会い、ありとあらゆる知恵を試す機会をもらい、
自分だけの間違えや苦しさの宝を得る。

この二週間くらい、やっぱり良い時間になった。


前向きなSさんに会うのが楽しみだ。



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