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絵の存在

.18 2008 未分類 comment(0) trackback(0)



私は昨日、絵のことを書いたけれど、皮革で物を作るようになるまで、ずっと絵に執着していた気がする。

随分絵を描いていたというのに、手元にある原画はほんの20枚くらい。
おかしいと思う人もいるだろう。

でも、原画をあげることの多かった私の絵は、今はどこでどうなっているのかさえ知らない。
渡すことにならなかった絵だけが、ささやかなストックになった。


もとより、人付き合いの上手ではない自分が、絵を渡すというのは一種の親愛の情に近いものだった。
仲良くしてくれた人の為に描く、というのが、・・・それは『迎合』と呼ぶ人もいるかもしれない態度かも。
とにかく、多かった。

でも、絵一枚でそう簡単に仲良しが延長されることはない。
私の問題の多い性分が常に、私自身を一人でいる状態に引き戻していた。
結局、絵は渡り、私は絵を描く前の自分に戻る。

絵は、私自身の存在でもあった。


周りの人が思うほど、絵が好きだったかというと、そんなこともなかった。

絵は、付き合いづらい頑なな身内のような印象があった。
冗談では描けないし、気楽に描くことも出来ない。そんな相手だと感じていた。
なのに、物覚えついた頃には四六時中一緒にいたから、離れていっても再び戻ってきて会ってしまう。
帰り着くところは、たった一つの開かれっぱなしの扉である『絵』だった。


これしか出来ない。

そうやって、自分のうちにある拠り所を見つめた人も多いだろう。
私も、そうだった。

だから、普通の社会生活に適合できる能力は、悲しくなるほど低い。
バイト一つ、まともに出来たためしがない。頑張らないと人と喋れない。
意識しないと笑顔を忘れてしまう。覚えることが出来ない。
等と、理由に尽きる時がない。


だから、売れなくても相手にされなくても、絵を描くしかなかった。


絵は、喜びになるが、楽しさはなかった。

美しい世界をもたらしてくれたが、時間のたゆとう日常を嫌った。

絵は私を確保しながら抱きしめる手を解かなかった。

一途な存在に救われたのだろう。
今思い返せば。
きっと、絵がなかったら私はもっと。 もっと。

絵は今も、見たい世界を見せてくれる。







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