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非・実用

.14 2009 一人芝居の部屋 comment(0) trackback(0)



アクセサリーを見ているといろいろ考えてしまう。

私自身はアクセサリーを使わない。
山のように作ってきたが、一時的に着ける日々があっても身に着けるのは長続きしないのだ。


私の体には数点のタトゥーがある。
それを入れた時から、私はアクセサリーを着けなくても良いと思っている。
ネックレスがあるところと二の腕に近い場所に大きなタトゥーがあるので、特に自分らしいアクセサリーをとっかえひっかえ着けなくて良い。
面倒臭がりの私らしいといえば私らしい。


アクセサリーは不思議なものだな、とよく感じる。

なくてもいいものかもしれない。
なのに、あれば欲しくなる。

実用品といえばそう。でも、実際には非・実用品でしかない。
火が点くわけじゃない、食べれるでもなし、何に使って役に立つものではない。
だけど実用品の枠には居る気もする。
あることによってその人を嬉しくさせたり力づけたり、ことによっては守る。


私はことごとく生活の役に立たないものが好きならしく、絵やアクセサリーやオーナメントの類が大好きだ。
それも特に売ってお金になるとかそういうのではない種類のものが好みのよう。

アクセサリーも、自分で身に着けることはあまりないのに作る側に回っている。
去年まではジャンルを一つに絞っていたのでアクセサリー作りが主だった。
作れば作るほど、何で借金までして買ってくれようとする人がいるのか、そこまで何か惹きつける「アクセサリー」という形は一体、人にどう意味があるのか、不思議だった。


非・実用的なものは、人にとって得がたい感覚でも持っているのか。
それがないとここからは作り出せない、みたいなものを内包した塊。
自分の体で作れないアミノ酸みたいに。

奪った人もいた。
代金を支払わないまま身に着け続けている人もいる。
嘘の話をして持ち逃げした人もいた。

そうまでして、そんなに、欲しいのだろうか。

でも、まあ。
そのひとにとってはとりあえずその時だけでも、そのくらい欲しい理由があったのだろうと思う。
その後、軽く捨てたにしても、きっとお金を借りたり奪ったりしてまでその時は欲しかったのだ。

人によって価値は様々だけれど、作り手にさえ到達し得ない魔法の谷でもあるのかも知らぬ、そんな存在の一つ『アクセサリー』。


私はまだ、これのことを『非・実用品』と呼んでいるだけまだまだ無知なのかもしれない。
それに、その魅力の深さに盲目になっていない分、本物を作る道のりは長いのかも。


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