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時々

.15 2011 未分類 comment(0) trackback(-)
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私はしょっちゅう、何かを思いだしてはぼーっとしている。

あまりにそれが多いと、
うっかり「思い出している時間」が長過ぎてその日が終わることもある。
これはあまりにも勿体ないことである。
だって何かを思い出すということは、少なからず過ぎた時間を掘り起こしているわけで、
それ自体は現在自分が生きている時間ではないのだもの。


最近はその傾向が増えている気がして、慌てて「思い出し」を止める。
せっかくもらっている一日をちゃんと味わうことをしないなんて、勿体ないことだ。



でもそうはいっても、気をつけていないとぼーっとしてしまう。

今日もそうだった。




私が思い出す人間は、大抵の場合、面と向かって会った人たちなのだが、
時々そうではない人も思いだすことがある。



その人は猫と暮らしていて、生き物が好きで、心がしっかりした人だった。
ここの場でこの人のことを記す時に、
出だしによく『私が見送った夕日がその人の朝日に・・』と書いた。
とても遠くに住んでいて、いつか行ってみたいなと、私は度々かの地を想像していた。

随分前にお別れしている人だけど、何かの折に思い出す。

話したこともないし、見たこともない。 
声も知らなければ、影も知らない。
でも、短い期間にあった少しばかりのその人とのやり取りで、私は思い出すのだ。
ほんのちょっとの、日常の中で。
その人の言葉とか、思い遣りとか、そういうものを。


今年は生き物の姿を革であまり作らなかった。

その人は私が生き物を革で作るたびに褒めてくれた。
今年は、褒めてもらう相手がいないからというわけじゃないけど、
何となく、作ることがなかった。
何となくだ。


思い出すその人の存在は、ただぼんやりとした煙のような感じなのかもしれない。
でもその煙は、私のふとした時に立ち上り、香り、たゆたい、見える。

そして、心に残ったその人の言葉が時々、いや何日かに一度くらい、
私を止めたり、正したり、持ち上げてくれたりする。



その人にとって、良い日でありますように。

今日何となく、そう想った。






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