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メリークリスマス

.25 2011 一滴の栄養の部屋 comment(0) trackback(-)
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クリスマス。


私の住んでいる場所の空は青く輝き、少し冷たさのある風が吹く。
生まれてこの方、クリスマスに雪が降っているのをみたことがない。
いつも大体晴天だった気がする。
だからちょっと曇っても、もしかして雪が降るかな・・と期待したくなるだけで、
まず雪が降るなんてことはありえないと知っている。

実際に雪がたくさん降る地域の人からしたら、
クリスマスだけに雪が降るなんてこともないだろうし、
その前後もしばらく銀世界であって、特に嬉しいことでもないのではないかと思う。

クリスマスに雪景色になるのを憧れるのは、
白い12月25日を決して見たことがない人の切ない羨望でしかないのだ。




この日をあまり積極的にお祝いしなくなったのは数年前からだ。
私はカトリックなので、それなりにお祝いのことも頭にある。

でもこの数年の過ごし方は、ご馳走を作ったりはするけれど、
それはささやかなご馳走で普段よりやや特別な気持ちで作った、という感じだし、
飾りつけもクリスマス近くなるまでゆっくりで、数もほんのちょっとになった。
聖歌を流し続ける週間があるにはあっても、それだって何となくだ。

お祈りの仕方もさして変わらない。
毎日祈っていることと一緒に、神様におめでとうと感謝を伝え続ける。



誰かに贈り物を用意することは特になくなった。
受け取るのも控えたいと思うようになり、知らせ忘れた人から受け取ると、
少し申し訳ない気持ちが心の片隅にころんと現れる。

クリスマスだからといってカードをせっせと送りつけることもない。
何を書いていいかわからなくなり、
思ってもないことを書くのはやめよう・・と避けるようになった。
偶然この時期に送ることになる手紙は、ひっそりと、相手に気遣わせないよう、
クリスマスをほのめかした文章を入れるのみ。

それと酒もやめたので、12月前半、何本も酒を買い込むようなこともなくなった。
何かにつけて常飲していたのもあるが、いざやめてしまえば、
実に不道徳な理由付けをしていた気さえしてくるから不思議だ。



思い出すクリスマスは、妙なことだが好きでもなかった子供時代のばかりだ。
毎年、12月自体が装飾されたといっても過言じゃない。
壁中に送られてきたカードが貼られ、親はせっせと手製のカードを作り続けた。

当時はレコードだったと思うが、カセットだったかな。
12月に入ってちょっとすると、家はクリスマスの曲が四六時中流れていた気がする。
聖歌や王道的なクリスマスソング。私はキャロル・オブ・ザ・ベルスが好きだった。

日めくりカレンダーの一枚版のようなクリスマス専用のにぎやかな紙がかかり、
どこからともなく、プラスチックのもみの木が出てきて、
学校から戻った時に、飾り付けがまだだと、きれいな光る球などを触れるのが嬉しかった。

教会では、クリスマスに近づくたび、ミサの中でマリア様のドラマチックな旅の話が進み、
ミサの後に大人たちが持ち寄る色とりどりなお菓子や何かが、
やたらと毎週クリスマスを意識させた。

クリスマスイブはご馳走だったと思うが、もう思い出せない。
「クリスマスのご馳走」は覚えている、忘れようがない。これは嫌いだったから。
理由は分からないが、焼いたハムの厚切りに、焼いたパイナップルやリンゴが乗っていた。
その上、ジャムに醤油が混ざったものがかかっている。
なぜ別々に食べれば美味しいものを混ぜるのがご馳走なのか・・・
親の味覚が異常なのだと毎年苦々しい顔をして皿を見つめていたのだ。
お世辞にも美味いといえない。 嫌で苦痛だったから覚えている。

今も嫌だ、もしこんなのが食事に出てきたら、きっと夢でうなされるだろう。


こんなクリスマスの印象が、未だ最初に思い起こされている。



・・・印象に残るというなら、珍体験な12月25日もあったのに。

家のなかった時に過ごしたクリスマスは、やけに物悲しく、そしてやけに神聖に感じた。
ご馳走どころか個包装のパン一つだったし、それだって一日分の食事だった。
風呂に入りたいなぁ、と冷え込む車内で震えて思った。
寂しい通りに車を止めないと警察が取り締まりにくるから、車は吹き荒ぶ寒風に冷えていく。
でも夜空は紺碧に澄み切り、小さく瞬く星が生きているように見えた。
ガソリン代を使えないために暖房を切った冷たい車内から見上げる空に、
ベツレヘムの空を見ながら歩いた羊飼いのことを思い出した。
普通に祝えたり、家の明かりがある中で過ごすことを、殊の外貴重だと痛感した夜だった。

この時以来、というのかな。
習慣化しただけのただお祝いをするということから、一歩引いた気がする。




でも。


人はおかしなものだ。 いや、私がおかしなものなのか。

数年前の家なしクリスマスよりも、
ロウソクのオレンジ色が行き渡るずっと前に体験したクリスマスのほうを先に思い出すのだから。

あれがいい、とかそういう気持ちはない。
楽しかったから、とか、そんなでもない。
好きだったか、といえば、部分部分で好きなことがあったというだけだ。


でも、記憶はずっと昔のほうを優先する。

記憶に新しい、身に染みて体験した貴重な意味あるクリスマスよりも、
与えられたクリスマスを素直に過ごした、ずっとずっと前の記憶を。
こういうのは意識ではなくて、感覚のもたらすものなのか・・・



・・・だんだん、どこで終わらせていいか分からなくなってきた。
この辺でやめておこう。



たくさんの命に祝福がありますように祈らせて下さい。
どうぞ良いクリスマスを。


Merry Christmas dear readers・・・










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