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海の向こう

.30 2012 革の部屋 Leather comment(0) trackback(-)
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昨年はよく海へ行った。
私は泳がない(泳げないともいう)ので、海へ行くと岩場や砂浜から海を見ることになる。
春夏秋冬、いつでもだ。


太平洋側の海を見ていると、世界地図が頭の中で広げられてすごく遠くを見ている気持ちになる。
想いを馳せている時は広大でも、私の視力に映る範囲は実際、残念なくらい狭い。
でもそれでいい。そうじゃなきゃ、船に乗って海を渡ったときに感動しないだろう。
だから、千里眼じゃなくて良かった、と変に納得する。




ずっと向こうに何があるんだろう。
いつもそう思っている。子供の時も、浜辺で遊んでいる時は海をじっと見て考えた。



小学生の頃、親父のカセットテープにあった柳ジョージの歌の中で、
『アフリカの夢』という一曲が好きだった。
何度も繰り返しかけては、意味も分からず歌っていた。


歌詞の内容は、大人になってから読んでみると悲しいくらい気の毒な歌詞で、
なぜ子供心にこの歌が好きになったのか・・と首をかしげるものだった。
でも今でも少し覚えている『南回りの船で・・・』という出だしは、
どんな時でも必ず航海への夢浪漫をかき立てるのだ。




地図に載っている国の海岸線をそのまま見下ろすわけじゃなくて、
海岸線の緑色や黒い岩礁を一筋の線として見つける時、それはどんな感じなんだろう。
段々近づいてくる細かった線が、徐々に複雑な起伏をもった大地に見え始めたら、
そこからどんな続きがあるのか、誰がいるのか、何が待っているのかと想像するのかも。


だだっ広い海原を、何も見えないまま進む時はどうなんだろう。
どこへ向かっているのかが分かるのは、天気や時刻や海の顔色をよく知っている人だけ。
それが分からないまま船に乗っている人は、何を感じるんだろう。
何日も何週間も何ヶ月も、船に揺られていたら。 どんなふうに心は変化していくんだろう。


たまに釣りに行くけれど、それはおかずが無い時に限っているもの。
これが船上だったら、四六時中、魚介に頼ることになるのか。
大きな船なら船倉に食料を積めるけど、そんなに大きくない船なら食料維持のために釣りもするのか。
刺身が好きでよかった、と日本人でいることをしみじみ有難く思ったりする。





いろんなことを考えて、いろんなものを想像して重ねながら、
貝殻の砂浜と切り上がった岩場の温度を感じて海を見続ける。

蒸された強い磯の匂いが、風に乗ってしょっちゅう駆け巡っている中、
陸地の端っこに腰掛けて何時間もボーっとしている時間は瞬く間に過ぎる。
金色の朝が白金の昼に、白金の昼が橙色の夕方に、夕方なら即、藍色の夜空に包まれていく。




たまに思い出すのだけど、そういえば会いたい人がいる。

海のずーっとずーっと向こう側の大陸に、大きな湾から上がった先に、
会ってみたい人がいる。


いつか会う日は来るんだろうか、来なくてもいいけれど、
もし船で行けたらそれだけでお土産話になるのかな、とか・・・ 思いながら、
海から帰る。



今年もたくさん、海へ行こう。
灯台に登って、遠くを見て、磯を歩き回って、砂浜に座って
海の側であれこれ想いを馳せていたいと思う。











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